長い夜には手をとって
「・・・で、話戻すけど。君がわざと遅く帰るようにしてたのは、ここに住むのが嫌だからじゃないなら、どうして?」
彼はハッとしたように私を見て、それから今度は両手で顔を覆う。・・・一体この人はさっきから何をしてるんだ。
「それは・・・嫌なんじゃなくて。そうではなくて」
「うん」
「その・・・」
「うん?」
うわ~、と言いながら、伊織君は自分の両足の間に抱えた頭を突っ込むようにする。そしてぼそっと言った。
「・・・から」
「え、何?声が小さくて聞こえませんよー」
しかも君の声は低いのだよ。私がそう言って体を乗り出すと、同じ格好のまま、さっきよりは大きな声で言った。
「・・・凪子さんに触れないからっ!」
―――――――――え。
伊織君はガバッと体を起こした。どうやら照れて顔が赤くなっているようで、相変わらず両手で顔を隠している。
「そういう意味では確かに弱みなんだよ。お金を返すまで、俺は君とは対等になれない。だから手を出せない。前にキスしちゃったのは我慢できなかったからだけど、これ以上は、もう、先に進めない。だからっ・・・会ったら・・・顔みたら、辛いから」
「――――――――」
伊織君の照れが、見事に感染した。