長い夜には手をとって
私はつい笑ってしまった。そうか、まだそれを言ってなかったよね。格安だとはいえ、戸建ての賃料だ。お金がないのはお互い様で、まだ若い彼には一人で全部の負担はちょっとキツイかもしれないし・・・そうか、まだこの話は悩むほどでもないくらいにあやふやなんだ!
「今までは一人6万づつ出して、家賃と水道光熱費支払ってたけど・・・」
「つまり、全部で12万?うん、それなら俺払えます」
「・・・」
あ、払えるの?即答したよこの人。なんだよー、君その若さでもしかして結構なお給料貰ってるの?それは羨ましいぞー。心の中でだらだらとそんなことを思い、私はまた眉間に皺を寄せる。
・・・困った。
じゃあそうしましょう!そう中々言えないのは、やはり彼は知らない男だから、なのだった。いくら綾の弟だっていっても、今まで会ったことすらなかったのだ。
それに―――――――
私が黙ったままで考えていると、あ、ともう一度彼が言った。顔を上げるとバッチリと目があう。その、綾よりも細い二重の瞳を更に細めて、彼はにっこりと笑う。
「俺、伊織です。水谷伊織。宜しくね、凪子さん」
彼の中では決まったようだった。その宜しくね、に私の頭の中の深いところが反応を起こす。このパターンは・・・持っていかれるパターン!自信満々の発言に思わず流されて、それで・・・。
私は一度、深呼吸をした。それからおもむろに椅子から立ち上がり、ハッキリと言葉を飛ばした。
「やっぱり、ダメ」
え?と今度は彼が目を瞬いた。驚いているようだ。