長い夜には手をとって
私は何も知らない。
だけど、あの家がある限り彼とは繋がっていられる。そう思えるから、ちゃんと笑えたのだった。
夜、気分よく酔っ払って帰ってから、お風呂の中で思い出した。
元カレのことだ。熱を出したりその結果で伊織君と会ったり話したりしていて、すっかり頭から抜けてしまっていたけれど、そもそも熱を出す原因を作ったのは彼なのだった。
一週間後にって言ってた。その一週間後は、つまり、明日だ。
狭い風呂場に湯気が立ち込めて真っ白になっている。ゆらゆらと霞む電球の光。私はそれをじっと見ながら、体中から勇気をかき集めていた。
気持ちは決まっている。
あとはくじけずにそれを伝えるだけ。
その日は、火曜日だった。
2月の下旬に入って、そろそろ最後の雪が降る頃だ。早い場所では梅の花が咲いているのが、春はもうすぐなんだと思わせてくれる。
会社にいる間、ずっと緊張していた。その為にいつもより仕事の処理ペースが上がったらしく、いつもは嫌味ばかりいう課長に褒められたりした。
弘平はきっと会社帰りに待っているはず。前と同じように。そう思ったのは、間違いではなかった。
銀行の通用口で私は前を出る人の背中に隠れて国道の方を覗き見る。すると発見したのだ。いつもの通りスマートな格好で立つ、弘平の姿を。
・・・ああ、やっぱり。
私は一度通路を戻ってトイレに入り、口紅を塗りなおす。これは鎧だ。私の正気を保つための、お守り。
呼吸を整える。それから勢いよく、通用門から出て行った。