長い夜には手をとって


 夜が始まっている。大きな交差点は人波が凄く、手を引かれてなければすぐに弘平の背中を見失いそうだった。雪が降りそうな冷たい風が吹きこんでくるビルのそばで弘平が立ち止まったので、私はそっと彼の腕を外す。

「ここの3階のカフェは、静かだし、テーブルの間があいているんだ」

 弘平が促すのに頷いてビルに入った。

 店の中は温かかった。濃い茶色で統一された店内には観葉植物がたくさんあって、広い店内にはちらほらとお客さんの姿が見える程度。あ、ここは好きかも、雰囲気がいいし落ち着く、そう思いながら、私達は窓際のテーブルに座る。

「コーヒーでいいだろ?」

 そう言って、弘平はお店の人に注文を済ませる。

 私はついため息をつきそうになって、慌てて飲み込んだ。先に話をしなくちゃ。だから、まずは水を飲もう。コップをとって飲む私を前から弘平が見ていた。笑顔だ。誠実そうな、笑顔。それは物凄く営業の顔だった。

「考えてくれた?」

 私は頷く。

「うん。やっぱりね、あなたとの復縁はない」

 弘平が真面目な顔になった。その時、コーヒーが届けられる。マグカップも焦げ茶色で、黒々と揺れるコーヒーからふんわりといい匂いがする。

 ・・・あ、伊織君が喜ぶだろうな。私はついそう思って、カップを見詰めてしまった。

「どうして?」

 弘平の声が聞こえて顔を上げる。彼は不思議そうな顔をしていた。多分、本気で不思議なのだろう。自分が全力で落とそうとした女が、落ちないはずがないって。きっとまだ逆転できる、そう思ってそうな。


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