長い夜には手をとって
「俺は前と違うよ、ナギ。それともお前も男の社会的立場を気にするのか?」
「え?ああ、いえ、あなたが正社員だろうが自営業だろうが、そんなことは気にしないよ。私だって威張れるような社会的身分は持ってないんだし」
「じゃあ何が問題?」
私は緊張して、居住まいを正す。ごめんねと謝ってそれで済めばよかったけれど、やはりそうはならないらしい。ならば、頑張らなければ。
私は今運ばれてきたばかりのコーヒーを指差した。
「ん?」
弘平が首を傾げる。
「あのね、私は別にコーヒーを飲みたくなかったの。だけど弘平はそんなことお構いなしで勝手に注文しちゃったよね。私の意見は聞きもしないで」
彼は目を見開いた。一瞬言葉を失ったようだったけれど、またすぐに身を乗り出す。
「他のものがよかったのか?ならそう言えば――――――」
「いう暇なんて、なかったでしょう?」
弘平が一瞬詰まったように口を閉じた。私はしっかりと彼の顔を見る。本当は震えだしそうだったけれど、何とかそれは抑えていた。
「あのね、例えばそういうことなの。お店に入って何を注文するか。それも、あなたは私の分も決めてしまうよね。それでも良かった、別に、あなたのことを好きだったときは。だけど別れてしばらく経っても、あなたは当然みたいに私の注文も決めてしまう。それって、健全な関係なの?それでもあなたは、前とは違うって言うの?」