長い夜には手をとって
弘平に恋していた時は、そんなこと気にしなかったのだ。彼が頼むものは間違いないと思っていたし、実際喜んで口にした。だけどそれも、綾は首をかしげていたのだ。『凪の意見は聞かないのが、当然っておかしくない?』って。
私も今は、そう思う。
「それに例えば、私はお前って呼ばれるのは、嫌い」
「―――――」
弘平はまた口を開いたけれど、何も言わずに閉じる。驚いているようだ。もしかして自覚がなかったのか?私をいつも「お前」呼ばわりしていたことに。
「多分、ずっと、ずーっと本当は嫌だったのよ。お前って呼ばれることも、何かを指図されたり、相談なく決められちゃうことも。あなたは私より年上だし、男性だし、そうすることが普通だって思ってたんだろうし、それは私も思っていたのかも。好きだったから、何でも決めてくれるのは頼りになるし格好いいって思って。あの頃はあなたが決めた何かを受け入れることも、喜んでやっていたと思う」
出来るだけゆっくりと話した。ともすれば舌が絡まりそうになってしまって、早口になりそうだったけれど。ここで舌なんか噛んだら目もあてられない。
ただでさえ緊張して震えそうなのだ。今まで私は、これほどしっかりと弘平に自分の意見を言ったことなどなかったのだから。
「でもあなたにアッサリと振られて、とても傷付いてボロボロになって、立ち直るまでに思ったの。あなたがとても好きだった、だけど実は嫌だったんだろうなあって。あなたのその、俺様なところが」
弘平が初めて目を逸らした。眉間には皺が寄っている。
会った時の余裕はすでに消えてしまっていた。