長い夜には手をとって
「俺は変わったっていうけれど、価値観なんかはそう簡単に変わらないんじゃない?保険会社であなたが私と付き合いだしたのは、私があなたにそっけなかったからだと思うの。上昇志向が強いから、手に入らないものを手にいれようと頑張る。私は単にその結果だっただけじゃない?」
保険会社にいる間、弘平はよく、社内報を見ては自分よりも営業成績が上の人間を目の敵にしていた。俺は次はこいつを越えるって、そればかり言っていた。噂で流れてくる伝説化している営業の話を聞くと、闘志を燃やして仕事に飛んでいく、そんな人だったのだ。
そして、今は。
「今回も、あなたになびかないから、私に復縁を迫ってる。そう思えるよ」
自分がその気になれば簡単に手に入る、私は彼にとって、それを確認するための道具に思えるのだ。最初に津田さんのパーティーで声をかけた時は、そんなつもりはなかったかもしれない。別れたときのことを謝りたかったのは本当なのかもしれない。
だけどその後は、きっと違う。
私は黙ったままの弘平に言う。
「弘平は私が好きなんじゃないと思う。過去のことを謝ってくれた時は、きっと復縁とかそんなつもりはなかったんじゃないかって。気まぐれと社会的礼儀の上から私を家まで送ってくれただけで」
机の上でコーヒーが冷めていく。窓の外は綺麗な都会の夜が広がり、店の中は温かかった。だけど二人で座るこのテーブルだけは、温度がどんどん下がって行くようだ。