長い夜には手をとって


 ようやく伊織君が振り返る。そして、にや~っと大きな笑顔を見せた。

「え。・・・何なの、その顔は、一体?」

 その笑顔が企んだようなものだったので、私は若干身を引いた。おいおい、どうしたのだ青年。

 さっきまでのぼうっとした感じはどこかに消して今度はえらく上機嫌になったらしい伊織君が、あのさ、と私に言った。

「凪子さん、今って幸せ?」

「え?・・・うん、そうだねえ。かなり幸せだと思うよ」

 私は今までの人生をちょっとばかり振り返ってそう答えた。ジェットコースターみたいな人生を歩んできたわけではないが、それなりに波乱万丈の29年間。その時々で幸福を感じることは勿論あったけれど、今みたいにしみじみと幸せだな~なんて思える日々はそうそうなかったんじゃないだろうか。

 仕事があって、家もあって、彼氏がいて、その優しい彼氏とは一緒に住んでいて。母も遠いけれど元気だそうだし、体は今のところ健康そのもので。あというとすれば、綾が戻って来て安心させてくれたら(ついでにお金も返してくれたら)、もう言うことないくらいだ。

 私がそんなことを考えて、ほう、と息をついていると、伊織君が肩をぽんぽんと叩いて注意を引く。

「で、俺のことが好き?」

「は?・・・あの、どうしたんですか?」

 私はいきなりの質問にわたわたと手を振る。何よ急にそんな!照れるじゃないですかー!

 だけど伊織君はぐいぐいと顔を寄せてくる。ねえねえと何度も聞くのだ。俺が好き?って。

「ええと・・・うん、はい、はい~!好きですよ、好きです!」


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