長い夜には手をとって
パッと彼が壁から背を起こす。今更になって恥かしくなったようで、伊織君の頬と耳が赤くなっていた。
「・・・ほんと?」
「うん」
「俺でいいの?」
「自分から言っておいて、何よそれ」
私はつい笑ってしまった。さっきまでの勢いはどこに?
伊織君は、うわ~っ!と小さく叫んで、両足をバタバタと揺らしている。完全に照れているらしい。私はあははとそれを見て笑う。急に子供になったり大人になったり、忙しい人だ。君は今日29歳になったのだぞ。もう十分にオッサンなのだぞ~。
「それで?何を考えていて、突然こんな話になったの?」
伊織君は両手で真っ赤になった頬をパンパンと叩いていたけれど、あ、そうだ、と呟いて私を見た。
「あのさ。・・・俺、実は金を持ってるんだ」
「―――――――は?」
「実はお金を持っていて、本当のところ、仕事しなくていいくらいなんだ」
・・・・・・・・・・・・・ええ?!
私はさっきまで抱いていたロマンチックな感情は一気に彼方へと飛ばして、文字通りに絶叫した。
「ええ~っ!!?だって・・・だってだって、お金ないから綾が持ち逃げした分返せないけどって、言ったよね、私に!言ったよねえええええ!?」
あの時、そもそも彼がこの家にきて同居を申し出たとき、そう言ったはずだ。私は覚えてるぞ~っ!!だから同居になったのだ。忘れてない!
「え!?じゃあ何なの、あれは・・・嘘!?」
私の反応を見て、伊織君は大いに慌てた。違う違うと叫んで、縁台の上でぐいっと近寄る。