長い夜には手をとって
「いや、嘘じゃない!現金は持ってないって言っただろ?覚えてる?現金は俺は持ってないんだよ!厳密に言うと、今だって持ってない」
「は!?え、あの・・・言ってる意味がまーったく判らないんだけど!?」
落ち着いて凪子さーん!と彼は叫ぶ。私は半眼でヤツをにらみつけた。私は落ち着いてるのよ、あなたでしょ、って。いいから説明してくれ、この頭にもわかるように!
伊織君は困った顔をして、ちょっとだけ笑う。それから少しずつ話をしてくれた。
私が聞いたことがなかった水谷家の話を。
「簡単に言うとね、うちは母方が財閥系で、俺には母方の祖父からの信託財産があるってこと。それに両親が事故死した時に発動した遺言信託もあって、30歳でそれを受け取ることになってるんだ」
「・・・え?」
・・・あのー、全然簡単じゃないんですけど。
私は目を点にして首を捻る。
一応金融系を専門に派遣されていることもあって、信託や遺言信託に関してはちょっとは知識がある。だけど、それを一気に言われてしまうと混乱するでしょ。
「ええーっと・・・ちょっと待ってね、つまり・・・つまり?」
私が片手で額を押さえて唸りながら聞くと、伊織君はカラカラと明るく笑って言う。
「俺は来年で、金持ちになるってこと」
「・・・あら」
「身分としては今の堂本財閥当主の従兄弟になる。母方の従兄弟は金融業界で大きな顔してるよー。まあ多分、優秀なんだろうとは思うけど。あんまり付き合いがないからよく判らないんだよね」