長い夜には手をとって
絶対今の私は恐ろしいほどの変顔をさらしているはずだ。そう思っていても、どうにもとめられなかった。弘平からのプロポーズで、今年最大の驚きは完了したって思ってたけど!?それにそれに、綾の失踪で今世紀最大の驚きも完了したって思ってたんだけど~っ!??
まだあったのか。
人生の摩訶不思議が。
口をあけっぱなしで固まる私を見て、伊織君は笑う。言った本人は気が楽になったのか、ビールのお代わり~なんて言っていた。
私はしばらく呆然として頭の中で聞いたばかりの話を噛み砕く。
水谷姉弟のお母さんが財閥出身で、おじいさんが財産の一部を孫である伊織君に信託で遺した。それは、判った。だけど、だけどそれなら―――――・・・
「・・・綾は?」
ん?と彼が振り向く。
「君には信託があるけど、綾にはないの?」
同じ孫なのに?それとも綾にもあるのだろうか。だとしたら、どうして私の貯金・・・。
伊織君はビールのコップを置いて、ため息をつく。
「うん、姉貴にはなかった。祖父は古い人間で、女は嫁ぐからとか言っていたらしい。だから娘なのに母にも何も遺してなかったんだ。俺にだけ」
「えー・・・」
胸が痛い。古い価値観とはいえ、そもそも自分のお金をどう使おうがそれは持ち主の勝手だ。だけど、それを具体的に目の前に示されたとき、綾の心境を思うと居た堪れなかった。私だったら傷付いただろう。
伊織君は風に舞う桜の花びらを目で追いかけながら、つらつらと話す。
「うちの親は外交官でねー、外国で休暇中に二人で一緒に事故死したんだ」