長い夜には手をとって


「あ、そうだったんだ!それは悲しかったよね。大変だったね」

 私も専門学校の時に父親を病気で亡くしている。父は保険もかけてなくて病気の治療費が嵩んでお金が続かず、私は美容師の専門学校を辞めて派遣で働き出したのだ。

 片親でも、心にぽっかり穴があいたようになったものだ。両親を一気に失うというのはどれだけの悲しみだろうか。

「・・・でもそうか、だからドイツだオーストラリアだって出てきたんだねー」

 一つ謎が解けて、私は両手をぱんと叩く。成る程。外交官の家族だったら海外赴任についていくだろう。納得していたら、伊織君が、ああそれは、と続ける。

「姉貴のドイツは交換留学だよ。高校生の頃の。そんで、俺のオーストラリアは、伯父が居たから試しに行ってみただけ。父の赴任先は発展途上国ばかりであまり生活の余裕はなかったなー」

 ・・・そうなのか。もうしばらく黙っておこう。

「で、俺が写真の専門学校に入った年に親が死んで、財産は契約通りに信託に回された。それは両親の意思だったんだよ。俺達は小額の生命保険を分け合うことになって、それぞれ300万づつ。俺は30歳になるか、結婚するまで信託財産に手は出せない。だからその時点では姉貴と同じ立場だったんだ。うちの親は自分の力で20代を乗り越えろっていつも言ってた。働いて、経験をつめって。姉貴も俺も300万のほとんどは学校の支払いに消えたから、ホントにすぐ働かなきゃならなかったんだ。姉貴は就職活動がうまくいかなくて派遣会社に登録した。俺は、阿相先生に弟子入りした」

 黙ってようと思ったばかりだったけど、私はつい疑問を口にする。


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