長い夜には手をとって


 可哀想に可哀想に。両親を亡くしたばかりでショックを受けている時に、好きだった相手に財産理由で婚約破棄をされるなんて・・・それも、一方的に。

 怒りと悲しみが胸の中に満ちる。

 だから綾はずっと働いていたんだ。それでようやく好きだと心から言える職場に出会って、そこで彼氏にも出会って。だけど必要な時にお金がなくて、それで――――――――――

 でも!と急に大きな声が聞こえて私はハッとする。

 伊織君がニコニコしながら私を見ていた。

「凪子さんと結婚して俺がお金を受け取れば、姉貴にだって渡せるんだよ。元々俺のお金じゃないし、贈与って形にしたらいいんだ。贈与税を払ったって痛くもない。俺は仕事が好きだから働くのは辞めないし、そんなお金を使う予定もないんだ。だからね、ほら、大丈夫だろ?」

 私はぼうっと伊織君の笑顔を見詰める。

「俺は好きな人と結婚できるし、姉は両親のお金を受け取れる。万々歳だ。どうしてそれに最初から気がつかなかったのかなー・・・。あんまり恋愛感情が激しくないから、そもそも結婚願望だって俺になかったのが問題だったんだよな。でもよかったー、お金に困った挙句に信託目当てに適当な人と結婚とかしてなくて。いや~・・・危なかったなー、そう考えたら」

 ぶつぶつと一人で話す伊織君を、私はぼけっと見ていた。表情がくるくる変わる彼を。そして、その彼によく似た笑顔で笑う綾のことを思い出して。

 その内に、ふわっと温かい気持ちが湧き出して、嬉しくなってきた。


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