長い夜には手をとって
私が言えたのは、最初の「もしもし」と「はい」だけ。受話器からツー・ツー・・・と音がなるのを5分ほどぼけっと聞いていて、ようやく電話を戻す。
つまり・・・引越しを選択するとして月末に出て行こうにも、もうオーナーとは連絡が取れないわけで・・・。
「うわあ~・・・・」
ダメだ。どうしよう・・・。私は受話器を戻したあとで、そのままへなへなと床に座り込んでしまう。悩みすぎて頭痛がし、頭を抱えてカーペットの上を転げ回りたいくらいだった。
・・・困った。
困ったーっ!!
どうしようもないと思いつめた私は、お風呂に入ることにした。そこでシャワーを浴びながら散々泣き喚き、とにかく溜まった感情を爆発させようと思ったのだ。小さな頃からそうしていた。うまく行かないことがあって気持ちが一杯一杯になってしまった時には、いつも。
友達と喧嘩をした時も、父親が死んでしまった時も、派遣の更新を切られてしまった時も。
そうだ。バスタイム、今が、必要な時だ。
結局2時間近くお風呂を使い、ヘロヘロになって上がる。お陰でスッキリした、もう当分涙は出ないに違いない。だけど、全身がえらく水分不足だわ~・・・。私はよたよたと冷蔵庫に近寄って、ビールを出す。もうどうせだから酔っ払って今晩はこの問題は忘れたい!
やたらと大きな音をたててドアを閉めた時、それは目に飛び込んできた。冷蔵庫にマグネットでとめておいた名刺。シンプルなデザインとシャープな文字のそれは、私の丁度目の前にあった。
『水谷 伊織』
・・・くっそう。
30分後、ビール缶を二つ空にして、私は彼に電話をした。