長い夜には手をとって
「ないない!勿論ないよ!どうしてそうなるのー!?」
「なるでしょ普通。だって男と女が二人で暮らしてるんだし。綾さんの弟さんって、外見はどんな感じなの?」
「え?ええと・・・普通よ、普通。すんごくイケメンではないけど、ブサイクでは絶対ない。あえて言うなら結構モテるだろうとは思う。ほら、人柄の良さがにじみ出てる顔ー」
「まだ20代なのにどうしてそんなのが顔に滲みでるのよっ!じゃあ、じゃあさ、恋人射程距離ではあるってことだよね?」
「うん?うー・・・ん・・・。自分の恋愛感情が枯渇状態でわからない」
何なのだ、一体?菊池さんが食いつく意味が判らなくて、私は首を傾げる。彼女はまだまだ身を乗り出して、真剣そのものの顔で聞いてくる。
「でも嫌じゃないでしょ、一緒に住むのだってオーケーしたわけだし」
「まあ、でもそれは都合も多々あって・・・。とにかくね、とーっても、清い関係よ、私たち。ぜんぜーん顔も合わせないしねえ!」
冗談めかして言ったのに、菊池さんはにこりともしなかった。むしろ残念そうな顔でため息をつく。私はトレーを持って立ち上がりながら、彼女に聞いた。
「・・・何よ、そのため息は」
いや、だって、と小声で呟きながら、菊池さんも立ち上がる。昼休みの終わる前で周囲はざわめいていた。だけど私は、しっかり聞こえてしまった。
彼女の呟きが。
「塚村さんにようやく新しい彼氏が出来るかもって思ったのに」
って―――――――。
水谷弟が、彼氏だと!?
・・・・・・・・・ないない、ない。