長い夜には手をとって
「そうなのだよ。綾と11月に作ったやつ。クリスマスに飲む予定で5本も作ったんだけど・・・」
いなくなっちゃったから。それは言葉には出せなかった。
伊織君はちらりと私に視線を向けて、それからコートや鞄を持って2階へ上がっていく。だけど暫くしたらまた一階へと降りてきて、棚からカップを出した。
「俺も飲んでいい?懐かしいなー」
「おお、飲みたまえ飲みたまえ。ささ、私が注いであげよう」
嬉しくなって私が体を起こすと、彼は手でそれを止める。
「いいよ、自分でやるから。凪子さん、ソファーと一体化してるし」
「うへへ~、心地いいんだよ、こうすると」
「俺は体はみ出るからちょっと難しいかな」
「残念だね~。この心地よさが体験できないとは!」
マグカップで改めて乾杯する。一緒に住みだして、同じ食卓を囲んだことは3回だけ。酒を酌み交わすのはこれが初めてだ。
蝋燭の明りに照らされた伊織君が、一口飲んで、はあ、と深い息を吐く。私は首を傾げた。
「君、えらく疲れてない?今日は楽しいデートじゃなかったのー?」
彼は苦笑してみせた。
「デートなんかじゃなくて、仕事だったからねえ。接待ですよ、カメラマンでも俺はフリーじゃなくてサラリーマンだから、上から命令されたら営業活動も接待もしなきゃならない」
「へえー」
やっぱりサラリーマンなんだ。私は心の中で呟いた。この人から仕事の話を詳しく聞いたことはないし、何となく、カメラマンっていうと自営業みたいな感じだと思ってたのだ。