長い夜には手をとって

 2、3日、私はぼーっとしていた。というより、呆然としていたって言うほうがいいかもしれない。最初のショックは物凄いものがあったけれど、それ以後の毎日、ふとした瞬間にじわじわくるのだ。

 綾が居ないってことが。

 仕事が終わって帰ってきた家が、真っ暗だったり、しんしんと冷え込んでいたり。夕食を一人分には多く作ってしまったり。お風呂のお湯が冷めないように追い炊きをセットしてしまったりした時に、ハッとする。

 この家に一人だってことが、脳みその大部分でイマイチ理解出来ていないようだった。

 私のお金を全部持って逃げた綾には、勿論腹を立てていた。インド料理屋の店長さんが、あなたも被害者なんだから、警察に話すべきですよと忠告してくれたのを、真剣に考えもした。

 だけど綾の、いつも着ていた明るい更紗の服や、赤や黄色の明るいショールが部屋の中にいないことに慣れないのだ。怒っていて、それと同時に私は、めちゃくちゃ悲しんでもいた。

 あの明るい笑い声がない。ケラケラと軽い口調で大きな口をあけて笑う彼女がいない。下らないことをブツブツ言う相手がいない。そんなことが、えらく堪えていた。

 お金と同時に、私は大切な同居人も失ってしまったのだ。

 家族よりも近かった人を。


「塚村さーん、塚村さんってば!おーい!」

「へ!?はいっ?」

 ハッとして私は周囲を見回す。

 昼休みの社員食堂で、またもや私はぼうっとしてしまっていたようだった。適当に選んだランチセットを前にして。


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