長い夜には手をとって
私が腕を組んで威嚇すると、伊織君は眉毛を八の字にして唸った。
「鷲尾には暗室で乾かしてた時に見られたんだ。見せびらかしたわけじゃなくて」
「だけど、他人ががっつり見たわけでしょ。ここにあればまた同じことが起こるかもしれないから、とにかくこれは勿論私のものです!そのチョコレート、オマケで持ってきたから食べてね。じゃあ、伊織君、お疲れ様ー」
私はスタスタと歩いて、部屋の入口で座席からこっちを見ていた鷲尾さんに会釈をする。鷲尾さんは立ち上がって手を振りながら私に向かって叫ぶ。
「水谷が見せたんじゃなくて、ほんと、こっちが勝手にみただけですからー!」
・・・聞こえていたらしい。
私は苦笑して、はい、と頷く。
「凪子さーん、ありがとー!」
「はいはーい」
まだ残念そうな伊織君の声に適当にそう返して、長い廊下を歩く。スタジオを出るまで、誰にも会わなかった。
帰りに寄ったファッションビルのカフェで、私は窓際の席につき、冬のお日様の光を浴びながら、その写真を何度も見た。
勝手に撮られたことは、もっと怒るべきだったかもしれない。
そんなことするならハウスシェアは解消しなきゃって。
でもそれを忘れてしまうくらい、写真が素晴らしかった。温かくて幸せそうで、いつまでも見ていたいような写真だった。眠る一人の女。髪や睫毛や口元に陰影が広がり、一体今どんな幸せな夢を見ているのだろうと想像してしまうような、その写真。
没収という形をとったのは、これちょうだいって言えなかったから。
ここにうつっているのは私だけど私じゃない。伊織君がファインダーの中に見た、幸せそうな誰か、だ。
運ばれてきたカプチーノから湯気が上がる。
私は一人で、微笑んでいた。