【coat.】
鞄を椅子に置き、コートを脱いで抱き締めた。
顔を埋(ウズ)めると、私の匂いとは違う、匂いがした。
香水でもない、シャンプーやボディーソープでもない、人間っぽい匂い。
でも、柑橘類のような香りがほんの少しだけした。
そのままベッドに倒れ、コートに顔を押しあてて、ゆっくり空気を吸う。
自分が吸える限界まで肺を膨らませた。
目を閉じ、ベッドの上で丸くなる。
少し軋むスプリングの音の中、私は限りなくひとりで、白石くんが近くて遠かった。
白石くんの泣きそうな笑みを思い出し、私は意識と繋いだ手を放した。