君が嫌い
気がつくと再び手が震えていた。
そしてまた何も言えなくなってしまった。


『黙ってたら分からないわよ。』


『ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい。』


彼女の気迫に恐れてただ謝る事しか出来なかった。
どうしたんだよ俺、さっまであんなに強気で話せたのに何で今になって目の前の人に怯えているんだ。


『あ、あんた……。』


また何か言われる。
もしこれ以上何か言われたら俺は俺ではなくなってしまうような気がする。


何か、何か言わないと。
震える手をぎゅっと握る。


『貴方を叩いた事は謝ります。綺麗な顔を傷つけてしまってごめんなさい。治療費を払えって言うならきちんと払います。だからもう関わらないでください。』


彼女は黙ってずっと俺を見ていた。
さっきまで何も感じなかったのに今はその目つきすら恐ろしいと感じる。


俺はそれに逃げるように走り出す。


『ちょっと……』


後ろから何か叫んでいたけど耳を塞いで聴覚を奪った。


気付いたら家の寝室で倒れていた。
バスを使ったのかそれとも走って帰ったのかそれすら覚えていない。


震えていた手は治っていた。
何だったのだろう、あの恐怖は。


考えても何も思い出せるわけもなく時間だけが過ぎていく。
もう寝よう、今日は疲れた。


それは11月寒い夜の出来事だった。

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