甘くて苦い恋をした
その後、料理長やホールスタッフ、当日ヘルプに入るうちの若手社員達も交えて、レセプションパーティーの打ち合わせに入った。
そして、夜は当日の料理を並べながら、ワインの試飲会という流れになったのだけど…
うちの元気な若手社員達のせいで、いつの間にかすっかり飲み会のノリになっていた。
「すいません 社長… 当日はちゃんと働かせますんで」
加瀬さんが騒いでいる後輩達を見ながらため息をついた。
「アハハ 構わんよ 賑やかでいいじゃないか… しかし、そちらのお嬢さんも随分いい飲みっぷりだね~」
桜社長は坂口さんを見てそう言った。
実は私も坂口さんのことが気になっていた。
加瀬さんにもたれかかりながら、無言でワインを飲み続けているからだ。
時々、加瀬さんの逆隣にすわる私のことも睨んでくるし…
きっと、加瀬さんが私を呼んだことがよっぽど気に障ったのだろう。
「社長… 私はお嬢さんっていう名前じゃありませんからね… 私には坂口っていう名前があるんです! 私だって担当なんですから、ちゃんと覚えてて下さいよ!」
とうとう桜社長にまで絡み出してしまった。
「おい いい加減にしろ!坂口 すいません 社長」
加瀬さんは坂口さんからワインを取り上げて、桜社長に頭を下げた。
「いやいや きちんと名前を覚えていなかった私が悪いな… こっちこそすまなかったね」
「とんでもないです… ほら、坂口、桜社長に謝れよ」
すると、坂口さんは目に涙をためて、加瀬さんの胸を叩き出した。
「何で加瀬さんは高本さんのことばかりなんですか! 私のこともちゃんと見て下さいよ! 私だって加瀬さんに」
「分かったから、おまえ、ちょっとこっちこい!」
加瀬さんは泣き喚く坂口さんの腕を掴んで立ち上がった。
「すいません、ちょっと席外させて下さい」
「ああ 構わんよ」
加瀬さんは桜社長に断ると、坂口さんを連れて廊下へと出て行った。
「桜社長、すいませんでした。恐らく私が出しゃばってしまったせいで、彼女を傷つけてしまったんだと思います」
私は慌てて、桜社長に頭を下げた。
「いやいや 高本くんが気にすることじゃないよ」
「そうですよ。あなたのせいではありませんよ さっ 飲み直しましょう」
春樹さんは私にワインを注ぎながら、にっこり笑いかけてくれた。
しばらく三人で飲んでいると、加瀬さんが一人で戻ってきた。
「大丈夫でしたか? 彼女」
春樹さんが加瀬さんに尋ねた。
「はい ちょっと悪酔いしているので、隣の部屋のソファーでしばらく寝かせておきます… お騒がせしてすみませんでした。」
「そうですか… 大変ですね。加瀬さんも…」
「アハハ モテる男は罪だね」
桜社長がニヤリと笑った。
「あ いえ… すいません お見苦しいところを…」
加瀬さんは恐縮しながら、桜社長と春樹さんにワインを注いでいた。
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「それじゃ、来週のレセプションパーティーは宜しく頼んだぞ 加瀬くん!」
ハイヤーの窓から桜社長が手を振った。
「はい お任せ下さい!」
桜社長達を見送った後、ようやくホッと一息ついた加瀬さん…
「あとはあいつか…」
ポツリと呟くと、加瀬さんはふらつく坂口さんの手を引いてタクシーの後部座席へと押し込んだ。
「じゃあ、お疲れ」
後輩達に声をかけた後、加瀬さんもタクシーに乗り込んだ。
「高本も乗ってくか?」
チラリと私を見て加瀬さんが言ったけれど…
「いえ 大丈夫です… 同じ方向の先輩達と乗っていきますから…」
とても耐えられそうもないと思った。
だって、坂口さんは加瀬さんの胸に甘えているし、きっと私が先にタクシーから降ろされてしまうのだろうから…
「そっか… じゃあ、今日はありがとな… お疲れ!」
パタンとドアが閉まり、二人を乗せたタクシーが去って行った。