甘くて苦い恋をした
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翌朝、私は加瀬さんの車で会社へと向かった。
家からは電車で行くつもりだったけれど、加瀬さんに強引に乗せられてしまったのだ。
「やっぱり、一緒じゃマズイですよね… 私、この辺から歩いて行きましょうか」
会社のビルが見えてきて、途端に落ち着かなくなった私。
付き合っていることは内緒にすると決めたのに、見られたら一発で噂になってしまう。
「いいよ そんなことしなくて… 俺がたまたま駅で拾ったことにすればいいんだし… 堂々としてれば怪しくないから…」
「でも…」
ちょうど赤信号で車が止まった。
「やっぱり、ここで降りますよ」
シートベルトに手をかけた瞬間、加瀬さんが慌てて声を上げた。
「バカ こんなとこで降りたら危ないし、余計目立つだろ! 言い訳なら何とでもなるから、大人しくすわってろ」
「はい…」
ちょっと怒られてしまった。
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結局、会社の駐車場では誰にも会わなかった。
考えてみれば、いつもよりかなり早い時間だったのだ。
営業室のドアを開けると、部長が一人頭を抱えてため息をついていた。
「おはようございます 部長」
「おはようございます」
私も加瀬さんに続いて頭を下げた。
「ああ おはよう」
「何かあったんですか?」
「いや 結城くんがさ~ いきなり電話で辞めますって言ってきたんだよね… 参るよね、ホントに… 高本さんは何か聞いてた~?」
「い いえ… 何も…」
チラリと加瀬さんを見ながらそう答えた。
加瀬さんは何かちょっと言いたげだったけれど、昨日のことは黙ってて貰う約束だ。
「だよね… ところで高本さん、しばらく一人で大丈夫かな? 後任者は来月まで来ないって人事に言われちゃったんだけど… 僕も今、ちょっと忙しくてね」
「あっ はい 何とか頑張りま」
「俺がフォロー入りますよ」
加瀬さんの言葉に、部長の顔がパッと明るくなった。
「え いいの 加瀬くん? 悪いね~ 助かるよ~ まあ加瀬くんなら、そう言ってくれるとは思ってたんだけどね… だって加瀬くん、高本さんのことになると…」
「部長、それより坂口の件はちゃんと考えてくれてますよね?」
加瀬さんはニヤニヤする部長を若干睨みながら、そう尋ねた。
「あー そうそう 坂口さんね… 彼女なら明日から隣のチームの長谷部くんについてもらうことにしたけど… それでいいよね?」
「はい ありがとうございます」
「彼女も辞めるとか言い出してたけど、電話で長谷部くんの名前出したら、なんだか急に元気になってね…明日から頑張りますってはりきってたよ… まあ、長谷部くんもかなりのイケメンだからね~ あ そろそろ会議の時間だから僕行くけど、あと宜しくね~」
肩の荷が下りたのか、部長は笑顔で営業室を出て行った。
ちょうどそのタイミングで、加瀬さんの携帯に坂口さんからメールが入った。
“ご安心下さい。加瀬さんのことは諦めました… 長谷部さんにチャレンジしますので応援して下さい”
「は? 何しに会社来てんだよ… あいつは」
加瀬さんの言葉に、思わず笑ってしまった。