甘くて苦い恋をした

私は雪乃さんの言うとおり、合鍵を使って玄関から入った。本当は加瀬さんに、移るから来るなと言われていたからだ。

寝室のドアを開けると、加瀬さんはベッドの中でグッタリとしていた。

「加瀬さん?」

眠っているようだけど、呼吸も荒くて随分苦しそうだ。
きっと、熱も相当高いのだろう…

どうしよう…
薬とかどこかな?

「加瀬さん… すいません 勝手に開けますね」

とりあえず、ベッドの横にある引き出しをあさってみた。

あった!
薬を見つけホッとした瞬間、引き出しの奥に気になるものを発見してしまった。

「これって…」

私は小さな四角い箱を手にとった。
ふたを開けると、予想どおりダイヤの指輪が入っていた。

そっか…
加瀬さんは雪乃さんから返された婚約指輪を、今だに大事に持ってるんだ。

なんだ…
未練タラタラなんじゃない
胸がズキンと痛んだ。

でも、今は何も考えないようにしよう…
今日はきっと、よくない方に考えてしまいそうだから…
私は大きく深呼吸した。

**

私はその後、リビングのソファーで仮眠を取ることにした。あれから加瀬さんは一度も目を覚まさない。

深夜1時、様子を見に寝室に入ると、加瀬さんが苦しそうにうなされていた。

さっきよりも熱が上がってしまったようだ。

あっ そうだ!
私は雪乃さんから渡されたシロップを思い出し、スプンにとって眠っている加瀬さんの口へと運んだ。

すると、加瀬さんがいきなり私の手首を掴んだ。

「雪乃?」

朦朧とした意識の中で、加瀬さんがそう呟いた。

「違います 沙耶です!」

咄嗟にそう答えると、グイッと手首を引かれて加瀬さんに抱きしめられた。

「愛してる…から」

えっ?
加瀬さんは目を閉じたまま確かにそう言った。

「加瀬さん?」

返事は何もなかった。
私は加瀬さんの手を振り解き寝室を出た。

私の心臓が煩く音を立てていた。
今のって、どっちに言ったの!?

私?
それとも、雪乃さん?

直前の私の声が届いていなければ、雪乃さんへの言葉だ。
私にはもう、自分だと思える自信もなくなっていた。






< 36 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop