甘くて苦い恋をした
私は雪乃さんの言うとおり、合鍵を使って玄関から入った。本当は加瀬さんに、移るから来るなと言われていたからだ。
寝室のドアを開けると、加瀬さんはベッドの中でグッタリとしていた。
「加瀬さん?」
眠っているようだけど、呼吸も荒くて随分苦しそうだ。
きっと、熱も相当高いのだろう…
どうしよう…
薬とかどこかな?
「加瀬さん… すいません 勝手に開けますね」
とりあえず、ベッドの横にある引き出しをあさってみた。
あった!
薬を見つけホッとした瞬間、引き出しの奥に気になるものを発見してしまった。
「これって…」
私は小さな四角い箱を手にとった。
ふたを開けると、予想どおりダイヤの指輪が入っていた。
そっか…
加瀬さんは雪乃さんから返された婚約指輪を、今だに大事に持ってるんだ。
なんだ…
未練タラタラなんじゃない
胸がズキンと痛んだ。
でも、今は何も考えないようにしよう…
今日はきっと、よくない方に考えてしまいそうだから…
私は大きく深呼吸した。
**
私はその後、リビングのソファーで仮眠を取ることにした。あれから加瀬さんは一度も目を覚まさない。
深夜1時、様子を見に寝室に入ると、加瀬さんが苦しそうにうなされていた。
さっきよりも熱が上がってしまったようだ。
あっ そうだ!
私は雪乃さんから渡されたシロップを思い出し、スプンにとって眠っている加瀬さんの口へと運んだ。
すると、加瀬さんがいきなり私の手首を掴んだ。
「雪乃?」
朦朧とした意識の中で、加瀬さんがそう呟いた。
「違います 沙耶です!」
咄嗟にそう答えると、グイッと手首を引かれて加瀬さんに抱きしめられた。
「愛してる…から」
えっ?
加瀬さんは目を閉じたまま確かにそう言った。
「加瀬さん?」
返事は何もなかった。
私は加瀬さんの手を振り解き寝室を出た。
私の心臓が煩く音を立てていた。
今のって、どっちに言ったの!?
私?
それとも、雪乃さん?
直前の私の声が届いていなければ、雪乃さんへの言葉だ。
私にはもう、自分だと思える自信もなくなっていた。