甘くて苦い恋をした
手付け金の100万も払い、無事に物件を押さえられた。
これで、銀行のローンさえ下りれば、正式に雪乃さんのものになる。
不動産屋を出た私達は、ホッとしながらコインパーキングへと歩き始めた。
「あ… 悪い! ちょっと忘れものしたから、ここで待ってて」
加瀬さんがそう言って、戻りかけた時だった。
突然、背後からブオーンいうバイクの音が聞こえてきた。
かなりのスピードが出ている音だ。
身の危険を感じた次の瞬間、私は歩道の内側へと突き飛ばされた。
「キャ!」
すると、バイクはわざと歩道のライン、ギリギリをかすめてそのまま走り去って行った。
何なの!? 今のバイク…
もう少しで跳ねられるところだった。
そう言いえば雪乃さんは?
パッと雪乃さんの方を見ると、彼女は加瀬さんの腕の中でしっかりと守られていた。
え…
私はその光景を見て、状況を理解した。
どうやら、加瀬さんは暴走してきたバイクに気づき、咄嗟に雪乃さんを庇ったようだ。そして、私はその反動で加瀬さんに弾き飛ばされたようだった。
私と雪乃さんのいた位置なんて殆ど変わらなかったのに…
加瀬さんが助けたのは雪乃さんだった。
真っ白になった頭の中で、その事実だけがグルグルと回っていた。
「高本さん大丈夫?」
ショックで疼くまっていると、雪乃さんが声をかけてきた。
「大丈夫か 沙耶」
加瀬さんも慌てて私にかけより、心配そうに顔を覗き込んだ。
「はい…… 大丈夫です」
私は何とかそう答え、ゆっくりと立ち上がった。
**
雪乃さんを送った後、再び加瀬さんと二人きりになった。
「沙耶… どっかケガしてないか?」
運転席から、チラリと私を見る加瀬さん…。
「はい…」
今更、そんなに心配されても、ちっとも嬉しくない。
「そっか… あのさ、今日の夜のことだけど」
「すいません、加瀬さん。私、今日はちょっと疲れちゃいました… 報告書も月曜日の朝にやるので、もうこのまま帰してもらってもいいですか?」
早くひとりになりたかった。
今日の夜だって、とても一緒に過ごせる気分じゃなかった。
「そうだな… 沙耶は帰ってゆっくり休んだ方がいいよな。報告書なら俺がやっておくから、気にしないくていいよ」
加瀬さんが優しい口調でそう言った。
雪乃さんを庇ったことで、私に罪悪感でも感じているのだろうか…
結局、昨日の隼太くんのことも何も聞かれることなく、私は自宅へと送られたのだった。
**
私は帰った後、暫く部屋のベッドで泣いていた。
ずっと目を背けてきたけれど…
もうこれで、痛いほど分かってしまった。
加瀬さんが心から愛しているのは、間違いなく雪乃さんだということを…。
もう、何もかもどうでもいいや…
私はゆっくりと目を閉じた。
すると、耳元に置いてあった携帯から、騒がしく着信音が鳴り出した。