甘くて苦い恋をした

「あの… 見せたかったものって、あの二人のことでしょうか?」

「ええ… 手遅れになる前にお知らせしたんですよ。あなたは、早くあの二人のところへ行くべきです。あの二人が間違いを犯さぬように… あなたが止めてくるんです」

春樹さんは私の耳元で囁くように言った。
まるで私を洗脳するかのように…

「いえ、行きません。今、私が止めても止めなくても、結果は同じだと思いますから…」

「それは残念」

春樹さんが無表情でそう言った。

「すいません 私、これで失礼します」

私は立ち去るフリをした。
春樹さんを見張る為だ。

案の定、すぐに春樹さんはジャケットから携帯を出して何かを打ち始めた。

やっぱり、思った通りだった。
彼は雪乃さんに、脅迫メールを送りつけるつもりだろう。

ふと、下を覗いてみると、加瀬さんの視線が携帯を打つ春樹さんの姿を捉えていた。

もしかしたら、加瀬さんも春樹さんが怪しいと気づいているのかもしれない。

やがて、春樹さんは操作を終えて、携帯をポケットの中へとしまった。

すると、今度は雪乃さんが携帯を手に取り、画面を読み始めた。

少し怯えた様子の雪乃さん…。
間違いない!
今、雪乃さんに脅迫メールを送ったのは春樹さんだ。
全て春樹さんの仕業だったのだ。

後は証拠を手に入れるだけ。

私は背後からゆっくりと春樹さんに近づいた。
そして、彼のポケットから携帯を奪い取って逃げた。

「何をする! 待て!」

春樹さんが、後ろから必死で追いかけてくる。

「キャ!」

階段のところで追いついかれ、揉み合いになった。

「携帯を返せ!」

「いや!!」

その時、私の手から携帯が放れて宙を舞った。
慌ててキャチしたものの…

ここは階段の上
今度は私の体が宙を舞ってしまった。

「キャーー!!」

「沙耶!」

同時に加瀬さんの声がして、私の体はしっかりと包みこまれた。そして、そのままスローモーションのように落ちていった。

「うっ…」

耳元で加瀬さんのうめき声がした。

「悠真! 高本さん! 大丈夫!!」

雪乃さんの声にハッとして起きあがると、加瀬さんが私の下敷きになって倒れていた。

「か、加瀬さん! 大丈夫ですか!」

私が声を上げると、加瀬さんが私の手を握ってきた。

「沙耶… 大丈夫か… どこかケガしてないか…」

痛みを堪えながら、私を心配する加瀬さん。

「わ、私は大丈夫ですよ! 加瀬さんが庇ってくれたから… 加瀬さんこそ…」

「あー ちょっと左の腕折れたかも… でも、大丈夫だから」

「悠真 救急車呼ぼうか 頭も打ってるでしょ?」

雪乃さんの言葉に加瀬さんが首を振る。

「いいよ 騒ぎにしたくないから… とりあえずスタッフルームに… あいつもな」

加瀬さんの視線の先には、茫然と立ち尽くす春樹さんの姿があった。







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