甘くて苦い恋をした
泣いちゃダメだ!
家に帰るまでは…
私は涙を堪えながら廊下を抜けて、お店の外へと出た。
「待てよ 沙耶!」
加瀬さんが私を追いかけてきた。
肩で呼吸しながら、随分苦しげだ。
恐らく、無理して追いかけてきたから痛みが強くなったのだろう。
凄く心配になったけれど、私は心を鬼にした。
「何ですか?」
「何であんなこと言うんだよ…」
「本当に二人がお似合いだと思ったからです。」
「沙耶…」
「私に気兼ねなんかしないで、どうぞ雪乃さんと幸せになって下さい。」
私がそう言うと、
加瀬さんは大きくため息をついた。
「沙耶… 色々雪乃に構ったことは認めるよ。悪かったって思ってる… でも、俺は雪乃とヨリを戻す気なんかないし、もしそう見えたなら、それは大きな誤解だから…」
「もう、無理しなくていいですよ… それに、お互い様ですし…」
「は? お互い様って… どういう意味?」
加瀬さんは私の言葉に眉を顰めた。
「私も他に好きな人ができたっていう意味です… 昨夜もその人と過ごしました。」
ちゃんと首筋のキスマークが見えるように、私はわざと髪を耳にかけた。
その瞬間、加瀬さんの目が大きく開いた。
「まさか、あいつと」
「はい…」
加瀬さんの顔から、みるみると血の気が引いていった。
と、そこでタイミング良く、隼太くんの車が駐車場へと入ってきた。
恐らく、私のメールを見て心配して来てくれたのだろう。
「隼太くん!」
私は隼太くんの方に向かって足を踏み出した。
すると、加瀬さんがそれを阻止するように、片手で後ろから抱きしめてきた。
「あいつのとこになんか行かせねえ」
加瀬さんは絞り出すような声でそう呟いた後、うずくまるようにしてその場にしゃがみ込み、そのまま意識を失ってしまった。
「え… 加瀬さん! やだ…しっかりして下さい! 加瀬さん!」
私は大声で呼びかけた。
けれど、加瀬さんは何の反応もない。
「やだ 加瀬さん! 目を開けて下さい!」
泣きながらそう叫んでいると、車から降りた隼太くんが私の元へと走ってきた。
「おい!どうした?」
「隼太くん どうしよう! 加瀬さんが…」
「沙耶 落ち着けって!」
「悠真!」
そこに雪乃さんも駆けつけてきた。
「さっき頭を打ってるのよ とにかく病院に!」
「分かった。今、ここに車つける」
「お願い」
私は雪乃さん達のやり取りを聞きながら、加瀬さんの手を必死に握りしめていた。