甘くて苦い恋をした
病院に着くと、加瀬さんはすぐに処置室へと運ばれて行った。
どうしよう
凄く危険な状態だったら…
このまま、目を覚まさなかったら…
不安と恐怖で胸が押し潰されそうになった。
「高本さん… ひとつ聞いてもいいですか?」
静まり返った待合室で、突然、雪乃さんが私に言った。
私はゆっくりと雪乃さんの方に顔を向けた。
「どうして… あんなこと言ったんですか?」
雪乃さんは少し怒ったような目で私を見ていた。
「それは…」
「私に同情でもしてくれたんですか?」
「ち、違います! 加瀬さんが本当に愛してるのは雪乃さんだと思ったから」
「それ、本気で言ってるんですか? 昨日も今日も、悠真は命がけであなたを守ったのに…」
「昨日…?」
「バイクの時です」
「いえ、あの時、加瀬さんが守ったのは雪乃さんです」
「違う! 悠真が守ったのは高本さんですよ!」
雪乃さんは声を荒げてそう言った。
「え…?」
「あの時、悠真は高本さんに向かって走ってきました。そして、高本さんを安全な場所へと突き飛ばしたんです。私のことも庇ってはくれたけど、もし、あのバイクが本気で突っ込んできてたら、私も悠真も跳ねられていたと思います。とにかく悠真は、あなたの命だけは必死に守ろうとしたんですよ。それなのに、あなたより私を愛してる訳ないじゃないですか」
雪乃さんの目から涙がこぼれ落ちた。
「雪乃さん…」
「沙耶、ごめん。俺も知ってた… 彼氏がおまえに本気で惚れてること…」
今度は隼太くんだった。
「え…?」
「だって、おまえを送った時の、彼氏のヤキモチ凄かったから… 俺が沙耶って呼ぶのさえ、気にいらなかったみたいだし… 俺が昨日、おまえを連れ出したのはさ、ちゃんと彼氏に愛されてること分からせてやろうと思ったからだよ… でも、最後の最後で、俺、ずるいこと考えた。このまま誤解させて別れさせて、おまえを彼氏から奪ってやろうかって… 俺、高校の時から、おまえのことが好きだったからさ」
「え…っと」
混乱して頭が上手く働かないけれど…
つまり、加瀬さんが雪乃さんを愛してるっていうのは、私の大きな勘違いであって…
ついでに、
隼太くんは私を好きだった?
「え!!」
「でも、おまえは鈍感だから、俺の気持ちなんかちっとも気づかなかったな 彼氏はすぐに気づいてたけど… とにかく、悪かったよ。黙っててごめんな」
そう言って、隼太くんが頭を下げた。
「隼太くん…」
と、その時…
『ガチャ』と処置室のドアが開き、中から白衣姿の男性が出てきた。
「あの先生! 加瀬さんは大丈夫なんでしょうか! 意識は戻ったんでしょうか!」
私は駆けよって、必死に尋ねた。
「はい、CTの結果、脳には異常ありませんでした。意識も戻っていますし、問題ないでしょう。恐らく、骨折の激痛で気を失ってたんだと思います。左腕と肋骨が折れてましたから… とりあえず痛み止めを打っておきました。」
「そうですか… ありがとうございます…」
ホッとして、一気に力が抜けていった。
とにかく、命に関わらなくてよかった。
雪乃さんも安心したように頷いていた。