甘くて苦い恋をした

打ち合わせを終えて、私だけ会社に戻ってきた。
契約内容をまとめた書類を作成する為だ。

パソコンに向かっていると、加瀬さんと坂口さんも外出先から戻ってきた。

私は坂口さんがパソコンに向かったのを確認して、加瀬さんの携帯にラインを打った。

“話があります 資料室に来てもらえますか?”

加瀬さんはチラッと私の方を見ると、すぐに返事を返してきた。

“分かった。すぐに行く”

私は大きく深呼吸して、席を立った。


***


資料室に鍵をかけて、加瀬さんと向かいあった。

「すいません、急に呼び出してしまって」

「いいよ… 昨日のことだろ?」

「はい…」

「高本は、どこまで覚えてるの?」

まっすぐに見つめられて、ドクンと胸が鳴った。

「……マンション着いた辺りからは、殆ど覚えてます」

夢だと思い込んではいたけれど…
加瀬さんとキスをしたこともしっかり覚えている。
 
「そっか…」

加瀬さんは、ちょっと気まずそうに私からスッと目を逸らした。

ああ…
きっと、私はここで切り捨てられるんだろう…

頭に浮かんだのは、結城さんの言葉だった。

「あのさ」

「昨日のことは忘れてもらえませんか?」 

「えっ」

私は加瀬さんに言われる前に、逃げることにした。
本気の恋がバレて、傷つけられるのが怖かったから…

好きじゃない振りなら得意だ。

「忘れろって… キスのこと?」

目を丸くする加瀬さんに、私は精一杯嘘をつく。

「はい… 私、今、失恋したばっかりで、昨日は誰でもいいからそばにいて欲しかったんですよね… だから、加瀬さんを好きとかそういう訳ではなくて… 慰めてくれるならホントに誰でも良かったんです。」

「ふーん」

加瀬さんの表情が冷たく変わったような気がした。
さすがに失礼だったかもしれない…

謝るべきかと悩んでいると、加瀬さんが私の頰に手を伸ばしてきた。

「じゃあ、俺が慰めてやろっか?」

「えっ…」

まさか、そんなこと言われるとは思わなかった。

やっぱり結城さんの言う通り、これが本来の加瀬さんなのだろうか。

加瀬さんは耳元でこう続けた。

「失恋して辛いんだろ? 誰でもいいなら俺が慰めてやるよ…」

色気のある声にゾクッとしながら、私は答えを探していた。

加瀬さんが、私に求めているのはセフレの関係だ。
そんなの私が望んでいるものではない…

けれど、これが…
私が加瀬さんに近づける唯一の方法なのだ。

「どうする? 高本…」

ゆっくりと加瀬さんの顔が迫ってきた。

「お願いします…」

答えた瞬間、加瀬さんの唇が重なった。



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