わたしは一生に一度の恋をしました
 そんな思いが過ぎり、由紀の泣き崩れた姿が思い出された。それは許されない。

 わたしが何も知らずに生まれてきたように、由紀も真一も知らなかったのだ。

 わたしがここに来なければ、生まれてこなければこんな思いをしなくてよかった。

 わたしの瞳から熱いものがこみ上げ、わたしの頬を濡らしていく。

 泣いたらいけないと、心の中では何度も呼びかけているのに、涙はわたしの意に反して零れ落ちた。

 わたしが今体験したことは失恋に過ぎない。時間が経てばその痛みも癒え、また新しい人を好きになることもできるはずだ。

 心が痛むのも時間の問題に過ぎない。

 何度もそう言い聞かせた。まるで心が楽になるおまじないをしているみたいに。

 だが、わたしの心を否定するかのように心の奥に重いものがのしかかるのを感じていた。

< 135 / 157 >

この作品をシェア

pagetop