わたしは一生に一度の恋をしました
「そろそろ行こうか」

 おばあちゃんに促され、わたしは家を出ることになった。

 玄関を開けると、少しだけ暖かくなった春の風がわたしの頬を掠める。なぜか目元が熱を帯び、涙が溢れそうになる。わたしはおばあちゃんに気付かれないようにそっと手の甲で涙を拭った。

 バス停に到着すると、錆びた時刻表に目を走らせた。
 もうそろそろバスが到着する。

「ほのかがここにきて、あっという間だったね。楽しかったよ。身体に気を付けてね」

 わたしはおばあちゃんの言葉に笑みを浮かべる。

「おばあちゃんもね」

 おばあちゃんは顔をしわくちゃにして微笑んでいた。

「無理にはここに帰ってこなくていいから、たまには電話をちょうだいね」

 わたしは頷いた。

 ここにはもうなかなか戻ってこれないだろう。

 おばあちゃんもそれを分かっているのだ。

 やはりわたしのことでいろいろおばあちゃんが言われるのは辛い。

 お母さんが全くこの家に帰ってこなかった理由が今更ながらに分かる気がした。

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