わたしは一生に一度の恋をしました
 もちろん、そのような気持ちを母に伝えたことはない。彼女が否定するのは明白だったからだ。

 視界がぼやけてきた。自分の気持ちを振り払うために、目にたまった涙を拭う。

 ここで悲しみに明け暮れても彼女が喜ばないことだけは分かっていたからだ。

 強く生きよう。

 そんな語りにもにた言葉を何度も浴びせる。

 その言葉を語ったのはもう数え切れなかった。

 だが、鼻の奥がつんと刺さるような痛みを感じる。

 そのとき、一定のリズムを刻むようなリズミカルな音楽が鳴り響く。電話の音だった。

 受話器に手を伸ばす。

「三島と言いますが、お母さんはいますか?」

「どなたですか?」

 不信感を露にし、強い口調で電話の向こうの女性に尋ねた。

 声からすると年齢は四十歳ほどであろうか。若くもなく、年老いてもいない、そんな声だった。


「高校の同級生ですが、今こちらに出てきているのでお会いできればと思って」

 その言葉にどう答えるか戸惑った。高校の友人と名乗ってしつこいセールスを掛けて来る人間もいる。

 だが、どちらにせよ口にする言葉は変わらない。その言葉を口にすることは彼女の死を認めることと一緒だった。

 唇を噛み締め、声を絞り出す。
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