グレイラブソング
「仕事はもう慣れた?」
僕は何気ない質問で時間を埋める。
「まあまあだな。お前みたいに手際良くって訳にはいかないけど。」
そう言って彼はにかっとした笑顔を見せる。きらりと光る八重歯が特徴的だ。
今日は雪らしいぜ、とか、また自殺のニュースあったの知ってる?とか、どうでもいい話をしているうちに時間はあっと言う間に流れる。どうでもいい、しかし楽しい時間。そんな時間はすぐ過ぎ去るのに、辛い、苦しい、そういった負の感情を生み出す時間に限って長く感じる。僕はそんな世界の法則を呪いながら、五十嵐にもう時間だと声をかけた。厨房には、シフトの五分前には行かなくてはいけない決まりになっている。もうかよーと文句を言いながらドアから出ようとする彼の後ろ姿を追って、僕も事務所を後にすることにした。
五十嵐は無断でバイトをしているので、人目につくホールに出るわけにはいかない。彼が厨房に、僕は前に出て接客。その分担は自然な流れだった。あとは、単調に仕事をこなしていくだけ。ここでバイトを始めてから二年近くたつ僕には、それほど難しいこともない。これまでの人生で会得してきた演技力で、人当たりの良い、爽やかな好青年を演じてきたおかげで、それなりに信頼も得ていた。
「ありがとうございました。」
お決まりの言葉を、得意の営業スマイルに添える。僕の仕事は完璧だった。
雪が強まってくるに連れて、客足も減り、割と暇な時間ができた頃には、五十嵐のシフトが終わる時間だった。おつかれーと彼のかいだるそうな声が聞こえてくる。僕はそれに、はきはきとした完全に仕事モードの声でお疲れ様ですと答えた。いくら友達とあっても、場をわきまえるのが、僕という人間である。僕はそんな人間のはずだ。
誰もこないレジに立っていても、特にすることのない僕は、窓の外に見える雪をただただじっと見ていた。これは、僕のシフトが終わる頃にはだいぶ積もっていそうだ。そんな中、小走りで店内に一人の少女が入ってきた。少女と言っても、僕とほとんど年が変わらないように見える。制服をきていないからわからないが、おそらくどこかの高校生だろう。
寒そうにマフラーを口元まで巻いていた彼女は、僕の前に立つと、かじかんでうまく動かない指を懸命に動かして手袋をとり、マフラーを首元まで下げた。
その瞬間、僕は目を見開いた。彼女がある人物に驚異的なほどに似ていたのだ。
「...秋葉。」
「...え?」
心の声が、うっかり外に漏れてしまっていたようで、見ず知らずの彼女からは当然の反応が返ってきた。
「す、すみません。」
僕の仕事が、完璧ではなくなった瞬間だった。仮に彼女が秋葉だったとしても、お客様にいきなりタメ口で名前を呼ぶなんて非常識ではないか。いけない、僕としたことが。落ち着け、落ち着け。
今までに、仕事の中でこれほど取り乱したことがあっただろうか。いや、ない。そう言えるほど、僕の焦りようは酷かった。いつものありがとうございましたも、声帯が言うことを聞かず、声が裏返ってしまい、得意の営業スマイルも心なしか引きつっていたように思う。鏡をみていないからはっきりとは言えないが、きっとそうだ。
初めて会う店員に突然人間違いされ、挙句の果てにはおかしな対応まで取られた彼女は、完全に僕を変人扱いしているかのような目で、僕を睨みつけて、客席へと消えていった。
僕は何気ない質問で時間を埋める。
「まあまあだな。お前みたいに手際良くって訳にはいかないけど。」
そう言って彼はにかっとした笑顔を見せる。きらりと光る八重歯が特徴的だ。
今日は雪らしいぜ、とか、また自殺のニュースあったの知ってる?とか、どうでもいい話をしているうちに時間はあっと言う間に流れる。どうでもいい、しかし楽しい時間。そんな時間はすぐ過ぎ去るのに、辛い、苦しい、そういった負の感情を生み出す時間に限って長く感じる。僕はそんな世界の法則を呪いながら、五十嵐にもう時間だと声をかけた。厨房には、シフトの五分前には行かなくてはいけない決まりになっている。もうかよーと文句を言いながらドアから出ようとする彼の後ろ姿を追って、僕も事務所を後にすることにした。
五十嵐は無断でバイトをしているので、人目につくホールに出るわけにはいかない。彼が厨房に、僕は前に出て接客。その分担は自然な流れだった。あとは、単調に仕事をこなしていくだけ。ここでバイトを始めてから二年近くたつ僕には、それほど難しいこともない。これまでの人生で会得してきた演技力で、人当たりの良い、爽やかな好青年を演じてきたおかげで、それなりに信頼も得ていた。
「ありがとうございました。」
お決まりの言葉を、得意の営業スマイルに添える。僕の仕事は完璧だった。
雪が強まってくるに連れて、客足も減り、割と暇な時間ができた頃には、五十嵐のシフトが終わる時間だった。おつかれーと彼のかいだるそうな声が聞こえてくる。僕はそれに、はきはきとした完全に仕事モードの声でお疲れ様ですと答えた。いくら友達とあっても、場をわきまえるのが、僕という人間である。僕はそんな人間のはずだ。
誰もこないレジに立っていても、特にすることのない僕は、窓の外に見える雪をただただじっと見ていた。これは、僕のシフトが終わる頃にはだいぶ積もっていそうだ。そんな中、小走りで店内に一人の少女が入ってきた。少女と言っても、僕とほとんど年が変わらないように見える。制服をきていないからわからないが、おそらくどこかの高校生だろう。
寒そうにマフラーを口元まで巻いていた彼女は、僕の前に立つと、かじかんでうまく動かない指を懸命に動かして手袋をとり、マフラーを首元まで下げた。
その瞬間、僕は目を見開いた。彼女がある人物に驚異的なほどに似ていたのだ。
「...秋葉。」
「...え?」
心の声が、うっかり外に漏れてしまっていたようで、見ず知らずの彼女からは当然の反応が返ってきた。
「す、すみません。」
僕の仕事が、完璧ではなくなった瞬間だった。仮に彼女が秋葉だったとしても、お客様にいきなりタメ口で名前を呼ぶなんて非常識ではないか。いけない、僕としたことが。落ち着け、落ち着け。
今までに、仕事の中でこれほど取り乱したことがあっただろうか。いや、ない。そう言えるほど、僕の焦りようは酷かった。いつものありがとうございましたも、声帯が言うことを聞かず、声が裏返ってしまい、得意の営業スマイルも心なしか引きつっていたように思う。鏡をみていないからはっきりとは言えないが、きっとそうだ。
初めて会う店員に突然人間違いされ、挙句の果てにはおかしな対応まで取られた彼女は、完全に僕を変人扱いしているかのような目で、僕を睨みつけて、客席へと消えていった。