グレイラブソング
違うんだ。消えていく彼女の後ろ姿に、何がどう違うのか全くわからない言い訳を、必死にぶつけてみたが、まるで意味がなかった。
やはり、僕は神様を信じない。今日は雪も降るし、客には変な目で見られるし、散々ではないか。
「何が今日の占い一位だよ。」
僕は誰もいないカウンターに向かってそう言い放って、さっきあった一部始終を思い出していた。再生しては巻き戻し、早送りしては一時停止。そんなことを繰り返す。ああ、やっぱり恥ずかしい。こういうのを人は、穴があったら入りたいと言うのだろうなと、僕は一人納得して、一通り後悔し終えると、自分の頬を両手で叩き、平常運転を再開させた。

休憩を挟み、午後からは、午前の失態を埋め合わせるかのように、てきぱきと仕事をこなした。午前中の戸惑った自分とは別人のような、冷静な自分がそこにはいた。いたと言うか、もとはこっちなのだ。あれが特別だっただけ。
昼から夕方にかけての、一番混み合う時間帯。忙しかったのがよかったのか、僕は何も考えず、仕事に集中できた。
「将太くん、いつもありがとうね。」
店長から声がかかって我に返った僕は、時計を見て、もうシフトの時間を過ぎていたことに気付く。
「いえ。なんてことはないです。」
僕には生活がかかっているので、とは言わなかった。実際そうなのだが、そう言って悲劇のヒロインぶるのは常識的な行動とは言えない。
もう上がっていいよと言われたので、事務所の鍵を持って、厨房を出る。
「お疲れ様です。」
従業員全員に聞こえるように、大きめの声で言うと、ちらちらとお疲れ様でしたという声が返ってくる。それらを全て聞き取ってから、出入口のドアを音を立てないようにゆっくりと閉めた。もちろん、中にいる人に失礼にならないように、だ。僕の行動は、最後まで礼儀正しかった。
外に出ると、やはり予想していた通り、かなりの積雪を観測していた。家に帰って、今日のニュースで、何十年ぶりの記録だと報道されることが、リアルに想像できる。一歩進むと、くるぶしの上あたりまではまってしまう。そんな道を一歩ずつ進む。これでは、自転車で帰るのは厳しそうだ。仕方がないが、自転車を引いて、歩いて帰るしかない。
事務所で制服から私服に着替え、帰宅の準備をする。かばんの中からスマホを取り出し、電源を入れる。真っ暗だった画面に光が灯ると、そこに一本のメッセージが表示された。五十嵐からだ。「おつかれ」とたった一言。絵文字も顔文字も何もない、素っ気ない文面に、あいつらしさを感じる。僕はLINEを起動して、同じように絵文字も顔文字もなく、おつかれと返信した。ちょっとした皮肉めいた意味で彼の文面を真似してみたのだが、僕の意図に、彼はきっと気付くことはないのだろう。
スマホをズボンのポケットにしまって、いざ帰宅しようとした時、僅かなバイブの振動が、僕の体を揺らした。今度は誰からだ。せっかく出ようとした所を止められて、すっかり気勢をそがれた僕は、スマホの電源を入れて画面を確認する。
「夕飯は何がいい?」
あまりのしょうもなさに僕の口角は自然と上がる。
僕はいつものカレーがいい、と返信して、事務所を出た。実は今日は、家に帰る前に寄らなければならないところがある。
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