グレイラブソング
その日、学校が終わって、部活にも入っていない僕は、昇降口に向かっていた。今日もいつも通り真っ直ぐに家に帰る。そのつもりだった。
指定されている下駄箱を開けると、一枚のメモ用紙がひらひらと宙を舞った。僕はそれを怪訝そうに拾い上げると、書かれている文字を黙読する。相手が誰か、大体の予想はついていたので、もしかしたらラブレターかも。なんてくだらない妄想には浸らなかった。
「桐生将太くん。
放課後、国語準備室で待ってます。」
国語科の先生らしい美しい達筆で、丁寧に要件だけ書かれている。やはり、予想していた人物の仕業だった。彼女は僕の秘密を知ってから、決まってこのやり方で僕を呼び出す。こうなってしまっては、僕は彼女の言うことに従うしかない。履き変えようとしていた上履きをもう一度履き直し、国語準備室へと向かった。
「遅かったわね。」
僕が部屋に行くと、メモ用紙の持ち主は既に待っていた。
「...なんですか?古川先生。」
「もちろん、手紙のことに決まっているじゃない。」
「...やっぱり、そうですか。」
「どうしたの?急に手紙だなんて。一条くんが言ってた好きな子って、結城さんのことでしょ?」
「確かにそうですけど...。」
僕は手紙を書いた理由を話したくはなかった。彼女の授業がきっかけで書こうと思ったなんて言ったらきっとまたそれを弱味にされるに決まっている。
「どうしたのかな?話さなくていいのかな?」
そう言いながら彼女は、僕の目の前で分厚い紙の束をちらつかせた。本来その束は、僕のものであるというのに。僕が一条に隠していることの一つ目、それは僕が密かに小説を書いていたことだ。そして二つ目、放課後、教室で小説を書いているところを古川先生に見つかったことだ。僕は小説を書いていることがどうしてもばれたくなかった。そのことを知った先生は、今となっては何かある度にこうして僕を脅してくる。
「先生って意外と性格悪いですよね。」
「あら、心外ね。女ってそういう生き物よ?」
綺麗で若い、おまけに優しい、そんな彼女は、学校の先生の中での人気も群を抜いている。その本性がこれだと、一体誰が想像できただろうか。
「ほら、話してみなさいよ。」
「べつに、LINEもブロックしちゃったし、どう連絡をとろうかなって思ったときに手紙を思いついただけですよ。」
「連絡とる気になったのね。」
僕は無言で頷いた。彼女はいつも脅してくるとは言ったが、それはからかってくるぐらいの可愛らしいレベルのもので、真面目な話は真摯に聞いてくれる。実際、校内放送ではなく、手紙で呼び出してくれるあたりが、みんなにばれたくない僕への配慮がされていて、僕は先生のそういうところが好きだ。この絶妙なバランスが、僕にはとても居心地が良かった。そして、そうした居心地の良さが、彼女には全てを話してみてもいいと思えた一因である。
「ただ、いざ書こうと思ってもなにも思いつかなくて...結局昨日はなにも書けませんでした。」
彼女は僕の目から視線を外さずに、じっと聞いていた。そして、僕が話し終えて一呼吸置くと、彼女は少し大きめの声で言った。
「人生とは、手紙みたいなものよ。書き始めたら止まらないでしょ?あなたに足りないのは、覚悟よ。覚悟さえ決めれば、あとは勝手に進み出すものよ。」
指定されている下駄箱を開けると、一枚のメモ用紙がひらひらと宙を舞った。僕はそれを怪訝そうに拾い上げると、書かれている文字を黙読する。相手が誰か、大体の予想はついていたので、もしかしたらラブレターかも。なんてくだらない妄想には浸らなかった。
「桐生将太くん。
放課後、国語準備室で待ってます。」
国語科の先生らしい美しい達筆で、丁寧に要件だけ書かれている。やはり、予想していた人物の仕業だった。彼女は僕の秘密を知ってから、決まってこのやり方で僕を呼び出す。こうなってしまっては、僕は彼女の言うことに従うしかない。履き変えようとしていた上履きをもう一度履き直し、国語準備室へと向かった。
「遅かったわね。」
僕が部屋に行くと、メモ用紙の持ち主は既に待っていた。
「...なんですか?古川先生。」
「もちろん、手紙のことに決まっているじゃない。」
「...やっぱり、そうですか。」
「どうしたの?急に手紙だなんて。一条くんが言ってた好きな子って、結城さんのことでしょ?」
「確かにそうですけど...。」
僕は手紙を書いた理由を話したくはなかった。彼女の授業がきっかけで書こうと思ったなんて言ったらきっとまたそれを弱味にされるに決まっている。
「どうしたのかな?話さなくていいのかな?」
そう言いながら彼女は、僕の目の前で分厚い紙の束をちらつかせた。本来その束は、僕のものであるというのに。僕が一条に隠していることの一つ目、それは僕が密かに小説を書いていたことだ。そして二つ目、放課後、教室で小説を書いているところを古川先生に見つかったことだ。僕は小説を書いていることがどうしてもばれたくなかった。そのことを知った先生は、今となっては何かある度にこうして僕を脅してくる。
「先生って意外と性格悪いですよね。」
「あら、心外ね。女ってそういう生き物よ?」
綺麗で若い、おまけに優しい、そんな彼女は、学校の先生の中での人気も群を抜いている。その本性がこれだと、一体誰が想像できただろうか。
「ほら、話してみなさいよ。」
「べつに、LINEもブロックしちゃったし、どう連絡をとろうかなって思ったときに手紙を思いついただけですよ。」
「連絡とる気になったのね。」
僕は無言で頷いた。彼女はいつも脅してくるとは言ったが、それはからかってくるぐらいの可愛らしいレベルのもので、真面目な話は真摯に聞いてくれる。実際、校内放送ではなく、手紙で呼び出してくれるあたりが、みんなにばれたくない僕への配慮がされていて、僕は先生のそういうところが好きだ。この絶妙なバランスが、僕にはとても居心地が良かった。そして、そうした居心地の良さが、彼女には全てを話してみてもいいと思えた一因である。
「ただ、いざ書こうと思ってもなにも思いつかなくて...結局昨日はなにも書けませんでした。」
彼女は僕の目から視線を外さずに、じっと聞いていた。そして、僕が話し終えて一呼吸置くと、彼女は少し大きめの声で言った。
「人生とは、手紙みたいなものよ。書き始めたら止まらないでしょ?あなたに足りないのは、覚悟よ。覚悟さえ決めれば、あとは勝手に進み出すものよ。」