送り主のない手紙
私はこの日、勢いよく走っていた。外は土砂降りの雨。私を守るものは、既にびちゃびちゃに濡れて色が深く変わった制服のブレザーのみ。
傘を忘れて外に出ていた私は、見事にわか雨に合っていたのだ。
もう全身ずぶぬれなのに、それなのに私は水たまりを蹴って走っている。飛ぶ水しぶきが白いソックスに茶色いシミを付けているだろうが、水を含んだローファーがぐじゅぐじゅと鳴って気持ち悪さのあまり汚れ何て気にできなかった。
なんとかマンションのエントランスまで駆け込むと、私は大きく息を吐いた。肺が半分縮んだように思えて、荒く息を繰り返す。
……あー、疲れた。とんだ災難だった。
早く部屋に上がらないと風邪をひきそうだ。
額に張り付いた髪を払い、顔だけでも濡れた水滴を手で拭った。
エレベーターで誰かに遭遇すると居た堪れないので、階段で部屋まで上がろうと思う。たった二階だが、普段全く運動をしない私には少ししんどい距離なのだ。二階分だけれど。それに今日だって何か月ぶりに走ったのか…。
まだ肩で息を続けながら床に敷かれた重厚なカーペットに染みを作っていた私だが、ふと郵便受けが視界に入った。
どうせ今日も何も入っていないんだ。それよりも早く着替えなければならない。
そうは思うけれど、水を含んで重たい足は慣れたように静かに鎮座している場所へ向かう。
ぐしゃりぐしゃり靴下とローファーが音を立てても、やっぱり私の足が止まることはなかった。
かたん、と外でザーザーと降っている雨の音に錆びれた音が混じる。寒くてかじかんでいる手は郵便受けの不快な手触りを感じなかったけれど、私は咄嗟に目を見開いて眉を顰めることになった。
白い便箋が一通、一面真っ茶色の箱の中にあった。
十八年生きて初めてみた手紙に、私はしばらくその場を動くことができなかった。