物語はどこまでも!
ヒエラルキー性で言えば一番下に属する司書補。ほとんどのスタッフがこれに属し、平社員と同義語でもある。ここからその人の仕事ぶり、勤務年数、上司からの評価で昇進していくのだが。
「有能、異例のスピード出世、って言われましてもねぇ」
身に余る評価は手放しでは喜べない。
もっと経験を積んでから、それ相応の仕事に就きたいのに、普通に任せられる仕事も私にとってようやっと出来るレベルのものだ。
「ああ、責任に押しつぶられてしまう……」
このまま机と同化しそうなほどうなだれていれば、頭の上にホワホワしたものが乗ってきた。顔をあげれば、ポロリと落ちる白い綿毛。
「コンニチハー」
眠たそうな眼をしたこぶし大の綿毛はそう話す。
「こんにちは」
挨拶に挨拶を返せば、綿毛は嬉しそうに私に頬ずりをしてきた。
それを見た他の綿毛ーー仕事の邪魔をしてはと部屋の隅でふよふよしていた数匹が一気に寄ってきた。
コンニチハー、コンニチハーのあめあらし。
「はいはい。一匹ずつ撫でますよー」
むふふぅと、自然と笑顔になる。
言葉をあまり知らない彼らもまた聖霊。まだ聖霊で言うところの赤ん坊で、ここから人と触れ合い経験を詰み、成長していく。
人々がよく見る聖霊はこの形(位)の子たちだろう。一括りに、ゲノゲさんと呼ばれて、人々の癒しとして活躍している。
「アメ欲しい人ー」
「コンニチハー!」「コンニチハー!」「コンニチハー!」「コンニチハー!」
「はいはい、どうぞ。食べるときはいただきますですよー」
「イタダー」「コンニチハー!」「イタダキマチハー」「マスデスヨー!」
まずい、あまりにも可愛すぎて失血死しそう (鼻から)。
個体によって知能の差はあれど、みんな良い子。荒んでいた心も一発で潤った。やはり、かわいいものは正義なのですね。
ゲノゲさんが食べやすいようにアメを細かく砕く。手のひらから食べてくれることに喜びを感じつつ、明日は何のお菓子にしようかなーとーーすみません、職務放棄してます。
ゲノゲさんの食事が終わったら態度を改めなければ。気を引き締めようした時、ノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼しまする」
かちゃりとドアが開くーー必要もなく、扉を通り抜けてきたのはこれまたモフモフの青い羊だった。
ゲノゲさんよりも一回りほどある大きいサイズで、とことこと四本の足を使い、空中を歩いてくる。そこに地面があるがごとく、自然な足取りで青い羊ーーもとい、聖霊が机の前で止まった。
「ノノカが呼んでまする」
端的に話す青い羊の用件は大概にして、『野々花』(ののか)に関してのこと。私の先輩にして、良き友人でもある彼女。
「分かりました。今、行きます。ーーマサムネも大変ですね。いつもこうした伝言を頼まれて」
青い羊ーーマサムネは野々花の良き隣人(ネイバー)だ。
自身のパートナーとして扱う聖霊のこと、俗にネイバーと巷では呼んでいる。
ペット感覚(愛玩動物)というよりは、なくてはならない本当の家族として聖霊と生涯を共にする人もいる。
野々花にとってのマサムネもまたそれ。ゲノゲさんであったころからの付き合いだそうで、今となっては中の下ランクにまで成長した。司書として働く野々花の手伝いをよくしている。
「アメ食べます?」
「某(それがし)にはもったいない褒美、お気持ちだけで結構。どうか稚児たちに与えてやって下さい。喜ぶことでしょう」
愛らしいフォルムとはかけ離れている堅苦しい性格がマサムネだった。野々花曰わく、いつの間にかこんな性格になった。とのことだけど、ゲノゲさんであった時から『マサムネ』と名付けているあたり、刀マニアの野々花が何かしらの影響を与えたには違いない。
「野々花……勝村司書は、どちらに」
私よりも役職が上のため体裁上の呼び方で聞いておく。リーディングルームにいると返された。
「用件をあなたから聞いても?」
「直接会って話したいとのことで。ご足労をかけまする」
ゲノゲさんたちにアメを食べてもらい、マサムネの口にも一つ入れる。あわあわと焦った様子だが、観念したように美味ですると小声で言われた。
「マサムネが可愛い性格だとしても、野々花は嫌いにはなりませんよ」
「か、かわいいなどとっ!某は、気丈、優美たるノノカのネイバー!今はこんな不本意な姿ですが、聖霊は位が上がるごとに大きく姿を変えまする!某はいつか、ノノカを肩に乗せて移動出来る巨人となるのです!」
背伸びをしなくてもいいと言うのに。マサムネを抱き上げて、いいこいいこと撫でる。稚児扱いを!とご立腹ながらも、本気で逃げないあたり甘えたくもあるのだろう。
言葉は伝わっているはずなのに、どうしてこうも行き違うのか不思議でならない。
「ソソギ殿とて、素直ではないとよくノノカが言っておりまする」
「さて、何の話でしょうか」
あれは言葉にしても、勝手に改竄してしまうのでノーカウントで。