物語はどこまでも!

「それは、今まで積み重ねてきたものを捨てるほどのことですか?」

虎の尾を踏んだどころではない。何の尾であるかも分からないのに、故意に踏みつけるその行為はいわば自殺行為。誉められたことではない。

「野々花、落ち着いて下さい。刺激を求めるのも分かりますが、今ある幸せ(平凡)こそが何よりも尊いというのが分からないあなたではないでしょう?」

私の言葉に、ああと平静を保つ野々花だが、依然として口元は緩んだままだった。

「失敬。分かっているよ、ついな。未知数の物を私の中だけでどうにかすることはしないよ。それによって、友人や家族に危険が及んでは己の首を切っても足りないほど後悔するだろうし。お前に話したのもこのためだな。冷静になれる。一時の好奇心を満たすために、恒久的な幸福をーー今が一番幸せだと言える現状を壊そうとしていた自覚が出来る」

軽率な考えだったと詫びを入れられた。

私がいなくとも、彼女の性格上、己で自制し、然るべき対応をしていたことだろう。単に誰にも言えない気持ちを吐露して、スッキリしたかっただけにも思える。私に話したあと、司書長にも報告すると言っていたし。

「そういえば、成長した『そそのかし』を捕まえた時、彼もいたんですよね。何か言ってませんでしたか?」

野々花が答えようとした矢先、ノノカーと弱りきったマサムネがふよふよやってきた。

「も、もう、某の力のみでは押さえ切れません。ど、どうか、お逃げくださ、い」

がくんっとなるマサムネにいち早く駆け寄ったのは野々花だった。

「どうした、マサムネ!何があったというのだ。お前自慢のモコモコが酷くモシャモシャになっているぞ!」

「『訪問』から戻ってきた稚児に、み、見つかり、ここから先には行かせまいと身を呈していたのでありまするが、四方八方よりせめられて、う、うぅ。なんと情けない……。稚児相手にすら音を上げてしまうなんて」

モニターの映像を巻き戻してみれば、子供たちにもみくちゃにされ、果てはキャッチボールまでされるマサムネがいた。スタッフルームには関係者以外入ってこられない作りになっているのは黙っておくか……。

「某も、ソソギ殿のネイバーのように頼りがいある男になりたいです……」

「何を言う。お前はそのままでいいんだ。あんなのただ見てくれがいいだけの男だ」

「おい」

聞き捨てならないですよっ。
抗議をしても、野々花は聞き入れない。なんたって野々花は。

「お前は全てにおいて完璧な聖霊だ!」

親バカだった。

「の、ノノカ……」

「ゲノゲであったころから、お前は周りの奴と違って光り輝いていた。私のネイバーとし共に生きていく過程で、お前はますます輝きを増すばかり。ゲノゲから、中の下にまで位を上げ、そうしてさらに成長しようとするお前に私は驚きを隠せないよ。今以上の完璧がどこにあるというのか。こんなにもモフモフだというのに……!」

ひしっとマサムネを抱きしめる野々花だった。

「先ほどまでモシャモシャだったというのに、撫でるだけでふわっと。ああ、お前を抱いて眠りたい」

聞きようによってはとんでもない想像が出来る言葉だ。マサムネは素直に受け取っているため、身に余る光栄だと号泣している。

「強き男は泣いてはいけないのに、ノノカが某を甘やかしてばかりで……うぅ、某はノノカに似合う男になりたいのに酷いですーーうわーん、ノノカー!」

びえんびえんなマサムネをあやしつつ、野々花が私に向き直る。

「さて、話しの途中だったな」

「マサムネを抱いて眠らなくていいので?」

「それは夜に取っておく。眠る前の可愛がりタイムを設けなければ気が済まないのでな。彼の反応についてだが、最初、いくら大きくなろうとも私は『そそのかし』が持ち帰れるとは思っていなかった。だからこそ、捕まえた『そそのかし』の保管を彼に任せようとした。彼の手中にある分には逃げることも消えることもないと思ったからな。だが、彼は言ったんだ。『試してみてくれないか』、と」

「持ち帰りを推奨したのは彼でしたか……」


「ああ。なぜ彼が、虫を持ち帰れると思ったのかは分からないが、『試してほしい』と言った時点で半信半疑だったようにも思える。結果は先ほど話した通りだがな。お前が『訪問』をすれば、必ず彼が来るのだろう。伝えておいてくれ、『持ち帰れた』と。そこから彼がどうするかは、私の預かり知らぬところだ。ん?どうしたマサムネ?なに?もっとギュッとしてほしい?ハッハッハッ、言われなくとも強く抱いてあげよう。窒息しても知らないからな」

半ば、赤ちゃん返りが如く甘え(素直にな)るマサムネ。あれは我に返った時、さらに某度(堅苦しさ)が増すことだろう。

「分かりました。彼に伝えておきます。それで?」

「そうかそうか。お前もこの完璧なる聖霊を抱きたいか」

「あなたの親バカぶりに付き合う気はありませんから、それで?肝心の捕まえた『そそのかし』はどちらに?」

まさかここまで話して、肝心の物を見せないことはないだろう。手のひら大の虫は今のところ目に見える所にはいない。どこかで保管しているのかと問えば、野々花は明後日の方向に目をやる。

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