物語はどこまでも!
「なに?用件があるならさっさと入ってよ。カメ以下なの?」
随分と、素っ気ない人だった。
せっかくの美しい顔も不機嫌一色に染まっているため、怖い印象しかない。継母さんたちの話からして、優しいイメージがあったのだけど。
とりあえず、ハシゴを上り屋根裏部屋へ。
中は狭いものの、汚いという印象はなかった。きれいに整頓され、ホコリ臭さもない。
「で?あんたら、なに?」
「し、シンデレラ。さっき聞こえたじゃないすか。この人たちは図書館の人っす」
ベッドに座り、足を組むシンデレラの横には水色のローブを着た魔法使いがいた。
「図書館?」
「僕たちに、生活というか、自由というか、ともかく、“人生”を与えてくれた人たちっす。と、図書館の人は僕たちの声を聞いてくれる唯一の人たちなんすよ」
上位聖霊『ブック』の力で物語界の中に『訪問』し、私たち図書館はこうしたページ外にて住人たちの声を聞く。命ある住人たちはそれぞれに意思がある。繰り返される物語の中で不満を持つ者も少なくない。本の管理と維持だけでなく、住人たちに満足いく暮らしを提供するのも私たちの仕事。
そういった経緯から、住人たちは『図書館の人』と私たちを歓迎してくれることが多いけど、どうやらシンデレラに関しては当てはまらないらしい。
どうでもよさげに、自身の髪をいじりながら聞いている。
「あの、シンデレラさん。あなたが舞踏会に行かない理由を、継母さんたちから聞いたのですが。そこの魔法使いさんと結婚したいのですか?」
「ちっ、あのババアども」
「し、シンデレラ!そんな言葉遣い!物語での継母さんたちはともかく、優しい人たちじゃないすか?」
「そうさせたのよ。甲斐甲斐しくあいつらの言うことを笑顔で聞いて、物語外でも笑顔で接してやれば罪悪感に押しつぶされて優しくもなるでしょ?そもそも、掃除なんて主役にやらせることじゃないわ?そう思わない?脇役がやっていればいいのよ」
「し、シンデレラ!」
私が何か物申す前に、魔法使いが叱りつけた。及び腰でもしっかりと物言える人みたいだ。
シンデレラとて魔法使いに怒られてシュンとし、反省した様子。
「ごめんなさい、魔法使い。気が立っていたわ。ああ、私はなんてことを。大事な家族に酷いことを言ってしまったわ。私の罪は許されるかしら。あなたにしか捧げたくないこの身を神に捧げなくてはいけない?」
「い、いや、そこまでは。ちょ、し、シンデレラ、ひ、人が見て、あ、あんまりくっつくのは……!」
「ねえ、魔法使い。あなたは許してくれる?罪を償えるなら、どんなことでもしたいのだけど。何をすればーー何をしてほしいのかしら?」
「ゆ、ゆゆ、許します!む、胸がっ、ご、ごめん、悪いのは僕!や、やめてっほしいっす!」
「私の罪、あなたが全て被ってくれるの?」
「え、なんでそんな話にーーまっ、まーっ、待って!どこ触ってるんすかー!き、君の言うとおりだから、やめ、僕が全て悪くなりますからぁ!」
魔法使い陥落。
ベッドに伏した魔法使いを尻目に、何事もなかったかのようにシンデレラがこちらを向いた。
「図書館だか何だか知らないけど、帰ってくれない?続き、見たいのかしらぁ?」
「ハッ、俺たちに対抗して見せつけてくるとはいい度胸だな。抱き合っただけで成人向け図書認定にされる俺たちに敵うかな?」
「対抗しなくていいですから。帰りもしません。シンデレラさん、あなたがきちんと物語通りに話を進めなければ、この世界は崩壊します」
「具体的には?」
「具体的にって、それは……」
「崩壊なんかしないんじゃないの?前々から思っていたのよねぇ。物語通りに話を進めなきゃならないのは、あんたたちの都合ってことじゃないの?私たちで商売してんでしょ?そりゃ、困るわよねぇ。めちゃくちゃな物語を誰も体験したいとは思わないもの」
「ちがっ」
「崩壊とは、消えることだ」
声を荒げようとする私の肩に手を置きながら、代わりに彼は言う。
「貴様らが同じストーリーを繰り返す理由なんて、それをするために産まれたからに他ならない。だというのに、時の経過と共に心を持って好き勝手。紙上のインクのくせに、何様だ。物語を始めない終わらせない奴らに存在価値はない」
冷酷な物言いをする彼にシンデレラはつかみかかったが、言葉は止まらない。
「貴様らの世界は“本”だ。産まれた場所を間違えるなよ。インクが、出来上がった本の上で暴れまわったらどうなるか、実践してみないと分からないのか?」
「どうせなら、私たちの好きなように塗り潰してやろうじゃない!前より面白い話になるんじゃないのかしらぁ?」
「自分勝手な妄想は落書き帳にでもしていろ。ページ外で、こうして駄々をこねて聞いてもられるだけでも有り難く思え。その不満を解決しようとしてくれる彼女たちには敬意を示せ。この本(貴様ら)の代わりはいくらでもいるんだよ。シンデレラと題打った本は何百冊もある。黒く塗りつぶされた本(貴様ら)なんて要らない。誰にも見られず、いずれはこの本があった記憶もなくなる。滅茶苦茶になった世界で孤独に生き、消え失せろ。崩壊とはそんなことだ」
「このっ!」
彼に平手打ちをしようとシンデレラの手が上がる。しかして、彼の目を見て何かを感じ取ったか力なく俯く。
「酷い話じゃない。心なんか要らなかったわ。誰よ、こんなもの植え付けたのは」
「さあな。はた迷惑な話だが。ーー嫌なことばかりでもないだろう」
シンデレラ……と寄り添う魔法使いと彼女は手を繋ぐ。
「ねえ。それでも魔法使いと恋に落ちた私はどうすればいいのかしら?このまま、好きでもない男のもとに行かなきゃならないの?」
誰かを愛することが出来る心は尊くも、残酷だ。そんな彼女たちのために何とかしようとするのが、私たちの努めだと言うのに。
無能な私ではーー