物語はどこまでも!
「それでね、これからが本題なのだけど。『そそのかし』が持ち帰れることを知っているのは、この『フォレスト』であなたと野々花ちゃんだけなのよねー。もちろん、後から司書統括の子にも話はするけど、あの子も忙しい子だからなかなか物語界に回せないのよねー」
困ったわーと、頬に手を添える司書長に言うべきことは決まっている。
「私に出来ることならば、誠心誠意努めさてもらいます」
待っていたと言わんばかりに司書長は手をたたき、うんうんと頷く。
「頼もしいわー、雪木ちゃん。野々花ちゃんにも頼んだのだけど、同じように返事されちゃって、私は良い子たちに恵まれているわねー。もしも『そそのかし』のことで何かあったら教えてね。ああ、無理に持ち帰ってくることはないわよ。サンプルは一匹いれば十分だからー」
野々花が持ち帰ってきた『そそのかし』は司書長に渡されたはず。その後の司書長たちの定例会でお披露目はしただろうから、今こちらの世界にいる『そそのかし』は研究所かどこかにいるのだろうか。
察した司書長が、引き出しから赤い布を被せた箱を取り出した。
「え、まさか」
「そうよー。この中にいるのー。見たい?」
手のひら大の黒い芋虫。想像するのも鳥肌ものだが、怖いもの見たさ、野次馬根性が働き、頷いてしまった。
オープンー、と気の抜けた言葉と共に赤い布が取り払われる。布の下はガラスケースだった。虫かごよりも一回り大きいガラスケースには、うねうねとする虫が一匹。
引きつった悲鳴をあげてしまった。目をそらしたい気分に駆られたのに、一向に留めていたのは。
「手……が」
口のみがついた頭より少し下、五本指の手がついていた。指も手のひらも丸々として、しきりに何かを探すかのように動かしている。
「赤ん坊の手、みたいでしょ?」
黒い見た目もあって成長途中のオタマジャクシみたいだと思ったけど、司書長がそう言うものだから赤ん坊にしか見えなくなってきてしまった。
頭から尻尾まで寸胴の芋虫のはずが、大きさだけでなく形状まで変え始めている。
「勝村司書からは、手のひら大になっていたとしか聞いていなかったのですが」
「また成長したのよ」
ガラスケースの蓋が開けられる。ぎょっとする私をお構いなしに、司書長は『そそのかし』を手のひらに置き、撫で始めた。
「あ、あの!」
「安心して。こっちの世界に来ても、この子たち『口だけの生き物』みたいだから」
『そそのかし』の口の形状は人間と似ていて、歯がなく、舌のみがある虫だと広まっているものの、司書長に向かってぼそぼそと話す虫には乳歯のような白い突起物がはえていた。ますます、人間の赤ん坊に見えてきてしまう。
「平気、なんですか……」
「言ったでしょー?大事なのは中身だって。結構可愛いものよ」
『そそのかし』の手が司書長の首に伸びる。そのまま抱きつき、肩上まで移動した。司書長を『そそのかす』つもりかと思えど、当の人は笑いながら頭を撫でている。