物語はどこまでも!

(二)

非常事態は、前触れもなく起こるからこそ非常事態なのだ。

休日だと言うことすらも吹き飛ぶ非常事態に、私はリーディングルームにいた。

普段ならば、最低限のスタッフと、沢山の子どもたちがすやすやと眠っている場所が今や大人(スタッフ)たちで溢れかえり、皆が皆、焦燥している。

「おお、来たか。こっちだ、雪木」

手招く野々花のもとへ足を運ぶ。

事態の情報は事前に聞いてはいたが、未だに実感は湧かずにいた。

「この子ですか?“起きない”って、子どもは」


大人だらけのこの空間で、唯一寝ている女の子。一見すれば、絵本の『訪問』最中に違いないがそれだけでここまでの騒ぎになるわけがない。

「ああ、かれこれもう五時間以上は眠っている。この子が『訪問』している本の内容からして、一時間もかからない代物なんだがな……」

女の子が胸に抱えている絵本のタイトルは『ハーメルンの笛吹き男』。決して長編作ではないどこにでもある絵本だというのに。

「物語改竄防止がためにしている映像を見て、絵本(あちら)の様子を伺おうにもこの状態だ。図書館開設時より初の出来事だろうな」

モニターに映し出された映像にはノイズしか入っていなかった。絵本に『訪問』したまま起きない原因として、『訪問者』が絵本(ここ)に留まり続けたいという可能性もあるが、そういったことがないように監視映像があり、こちらからも起こすことが出来るのだ。

起こり得る問題に対しての解決策は用意してきたというのに。

「上位聖霊『ブック』の能力が通じない何かが起こっているとしか考えられない」

不確かな要素に思える能力だが、世界の法則のように決して崩れてはいけない奇跡が『ブック』の能力だ。物を落とせば下に落ちるはずが、落ちずに留まっているようなものだった。

「上位聖霊『ブック』と話をーー司書長は今どこに?」

「他図書館へ出張中だ。あろうことか国外にいるらしいが、既に連絡はし、『ブック』と話をしたそうだ……。しかし」

煮え切らない返事、眠りについたままの子どもが物語ろう。

「とりあえず、この子の状態(バイタル)は安定している。一緒に来ていた母親だが、取り乱してしまい今にもこの子を図書館から連れ出そうとしたため、別室に待機してもらっている。母の気持ちは分からなくもないが、安定している現状を外部の刺激によってより酷い流れに行ってしまうことは避けたいからな。他の子どもたちは強制的に『退出』させ、スタッフたちは本に異常がないか確認作業をさせているところだ」

最善のことを指示した野々花ではあるが、その最善がそもそも問題解決には至らないことに彼女も歯がゆさを感じているようだった。

だからこそーー

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