物語はどこまでも!

バンッと、彼は猟銃で狼の脳天を打ち抜いた。

「私の期待は何処に!?」

「可及的速やかに赤ずきんを救出したよ」

偉いでしょ、誉めて。な彼にチョップをしておく。

「なんてことをしてくれるのですか!物語の住人でもないあなたが、こんな“舞台外”(ページ外)で、こ、ここ、殺しをやるだなんて!」

物語上で死んでしまうことは死ではなく、単なる“物語上のおはなし”に過ぎない。“物語のおわり”になり、また“物語のはじまり”に戻れば、その人物は出演できてい(生きてい)る。

私たちがいるこのページ外は、物語外。正真正銘、登場人物が生存しているここで発生するイレギュラーは自動修正(はじまりはじまり)不可。リセットが利かないからこそ、我ら図書館に勤務する者は慎重に行動していかなければならないというのに。

「あなたという人はあぁ!」

この歩くイレギュラーさんめっ。更なる責めをしようとすれば、待って待ってと狼を指差す。

たたたっと倒れた狼の腕より逃れた赤ずきんがこちらに駆けてくる。赤ずきんちゃんっと、手を伸ばしたママさんばあばさんではなく私に飛びつくあたり、本当に劣悪な環境にいたのかもしれない。さておき。

「ん、んんー。な、なんだこれ」

むくりと起き上がる狼さん。額には吸盤つきのダーツが一本。棒の部分に『雪木LOVE』という、なんともおぞましい文字がかかれた旗がたなびいていた。

「猟師の銃は本物のはずでしたが」

「物語改竄」

ふぅ、と猟銃より出る硝煙を吹いてカッコつける彼だった。

「もっとカッコつけに相応しいことに使ったらどうですか、その能力は……」

聖霊たる彼の能力は、物語の改竄だ。
既に出来上がっている物語を直接的に崩壊させる改竄は出来ないが、それ以外であれば彼の思い通りの改竄が可能。全ての物語において、神にも等しい存在ともなれる。陰ながらチート能力と私は呼んでいる。

「本当なら出し惜しみもしたくなる能力なんだけどねぇ。問題が解決すれば、雪木が帰ってしまうからね。俺は物語(ここ)でしか存在出来ないのに。いっそ雪木がもう二度と帰られなくなるほどの大問題ーー猟銃を火炎放射器に変えて、辺り一面を焼け野原にしたい気持ちを抑えたのだから、誉めてほしいけどなぁ」

先ほどはチョップの形をしていた手を撫で撫でに変えておく。満足げな顔をされた。

物語を直接的に崩壊させる改竄は出来ないにせよ、改竄後の彼の行動は未知数となるため彼の手による間接的な崩壊は可能。頑張ったね!よりは、よく堪えましたね……という頭ナデナデだった。

「くそっ、こんな玩具で俺が引くとでも思ってんのーーどわっ!」

玩具にしては威力はあるらしく、彼が発砲する度に狼は後退していく。ダーツの一つ一つに、『雪木は俺のお嫁さん』『雪木にキュンキュン』『雪木、マジ天使』『雪木にメロメロ』『雪木あいらぶゆー』などと、私にとっての呪いが表記された旗がついていたけど見なかったことにしよう。

「あ、弾が切れた。しょうがない。これでトドメを刺してくるね」

「銃は撃つものですよ!」

刺突の構えをされた銃身を下げさせる。
狼にはそろそろ白旗をあげてほしいものだが、引きはしないらしい。

「赤ずきんと、俺はああぁ!」

「もう、やめてよぅ!」

幼女の声はよく響くものだった。
泣き声ならば、尚も響く。

大きなおめめに涙をたっぷり含ませながら、怖いだろうに私の体を小さなおててでギュッと握って、懸命に訴えかける。

「みんなで、仲良くしようよぅ!ケンカしちゃダメなんだよ!ここは、あったかくてやさしい世界なんだから!ふえぇ、みんな笑顔でなきゃイヤだよぅ!わたしは、みんなと一緒におはなしを進めたいのにぃ!」

「赤ずきんちゃん……」

小さな体に似合ったささやかな願い。そんな願いさえも叶えてやれず、女の子を泣かしてしまっていると誰もが心を痛めた。

皆が皆、自分勝手な願いを持つ中で、酷い目に合わされたというのに。

「みんなわたしの大好きな家族なんだよ!」

大好きだと、家族だと言われてしまえば、小さな願いも叶えたくなる。

「ごめんね、赤ずきんちゃん。ママ、あなたの帰りを待ってお家にいるわね。帰ってきたらいっぱい誉めてあげるから、気をつけて行ってくるのよ」

「赤ずきんや。ワシのもとに来ると怖い思いをさせてしまうが、許しておくれ。おしまいになるまで、ばあばがそばにいるから気をつけて来るんじゃよ」

それぞれの場面(ページ)へと戻る、ママさんと、おばあさん。そうして。

「すまねえ、赤ずきん。お前のこと好きだから、あんな結末にしかならないことが嫌だったんだ。何とか物語を変えられねえかと思ったがーーんなことしたら、お前と出会えなくなるかもしんねえしな」

くしゃりと、赤ずきんの頭を撫で、気絶した猟師を背負い消え行く狼さん。

世界に平穏が訪れた。

これで私の仕事は終了だが、せめてこの子の涙が止まるまでここにいてもいいだろう。

業務外のことでも、小さな女の子を慰めるぐらい。

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