小さな愛の形

放課後。普通ならもうとっくに学校から出ている時間だ。

それなのになぜ僕がまだ学校に残っているのか。

それは普通ではないことが起こったからだ。

「ここが準備理科室だよ。」
そう。他でもない転校生である彼女の『学校案内』だ。

準備理科室なんて知らない生徒も多ければ使う生徒の方が少ない。

何故ここまで念入りに教えなければならないのか。

そもそも、なぜ僕が学校案内をしているのだ。

それは、彼女の面倒な一言からだ。



「ねーねー、ツッキー！私に学校案内して！」
と彼女の無駄に明るい一言が僕の表情を暗くする。

いきなりツッキー…まぁ、そこは置いておこう。

そんな事よりも、後ろの男子からは、いいなという声が。

女子からは嫌だとかなんとか、よく分からない声が。

誰にでも公平な態度で接していた今井くんまでもが、彼女に対しては違うようだ。

今井くんは少し顔を赤くして、こちらを見ている。

クラス中の視線が僕に集まる。この感覚は、嫌いだ。

「断る。」
と一言だけ言った僕は本を開け、読み始める。

男子からはもったいないと、女子からは良かったと安堵の声。

この男子と女子の温度差も僕は、嫌いだ。

別にクラスが団結して欲しいとか思っているわけではない。

ただただ、気楽に学校生活を送りたいだけだ。

そんな僕の生活にヒビを入れようとしないでくれ。

夏休みといい、彼女は意外とトラブルメーカーだ。

「なんで？」
と断った理由を僕に訪ねてきた。

「どうして僕が案内しなければならないのか分からない。
それに僕は、学校案内なんてしたくない。
僕以上に案内に向いた人ならいくらでもいる。僕でなくてもいい。」

「そうか。それじゃあ君は、女の子に知らない男の子と一緒に居ろと言うんだね。」
と不気味な笑い。そこまで言われれば、どう使用もない。

渋々了解するしかなかった。

後になって気が付いたが、夏休みに学校へ案内した時、僕達は初対面だったはずだ。

同じ学校である生徒と、何も知らない人、どちらに案内してもらうのが安全なのだろうか。

明らかに前者であるはずだ。

夏休みにやってのけた事を今では出来ないのだろうか。

そう思い、彼女の学校案内を再度断ろうとしたが、一度承諾したから駄目だと言われてしまった。

放課後になり、重たい息を吐く。

何に関しても行動力が起きず、机に伏せている。

「さぁ！楽しい楽しい学校探検だー！」
と僕の前には無駄に明るい僕の今の面持ちとは正反対だ。

僕は重たすぎる腰を上げ、教室を出た。

一通り見て周り、やっと終わったと思ったのだが、詳しく知りたいなどと言う注文を受けてしまった。

全く何を好き好んで、理科準備室なんて知りたがるんだ。

最後の場所として、学校の中庭へと足を運んだ。

ベンチに腰をかけ、一息ついていた。

まだ少し残っている生徒が中庭で話し込んでいる。

野球部が外周している。掛け声が五月蝿いほど校内に響く。

彼女は子供のように走り回っている。

僕は空を見上げる。青々しい空と太陽、花壇に伸びる向日葵。

全てが夏だと告げている。もう五月蝿いほどに。

僕はため息と共に、頭を下げる。

彼女の姿が何処にも見当たらなかった。

僕は思わずベンチから立ち上がる。

地図さえ読めず、方向感覚の無い彼女は迷子になってもおかしくない。

僕は辺りを見わました、やはり彼女の姿はなかった。

僕が仕方なく彼女を探すため、歩き始めた。

「ツッキー！」
と後ろから僕を呼ぶ声がした。

振り向くと同時に、頬に冷たい物が当たった。

驚くと、冷たい物の正体は缶ジュースだった。

「はい！これ、案内してくれたお礼。」
と二本の缶ジュースのうち、一本を僕に渡してくれた。