小さな愛の形
ホームルームの始まりのチャイムと共に、先生は教室にやって来る。

少し太り身長の低い先生は、〈狸〉と呼ばれている。

学校では、かなり人気の先生だ。

滑舌が悪く、言っていることが分かりにくい時もあるが、この教室は誰も先生を責めたりはしない。

それどころか、大笑いだ。

「ねーねー、タヌちゃん!舌を上下とか左右に動かすと、滑舌良くなるんだってー!知ってた?」

先生のことを〈狸〉と呼び広めた張本人の今井くん。

先生も怒る気はないらしい。

「本当ですか!」

かなりの食いつきよう。今度実践してみますね。と先生は、笑った。

今井くんは、滑舌良くなるといいねー。と笑っている。

なんだか、この二人は仲がいいなと思いながら、僕は本を開いた。

文庫本には、余り肌触りの良くないブックカバーがされている。

本の中には、地味な栞が挟まっている。

本を読み進め、三ページほど進めた時、強い風が吹いた。

僕は窓を占め、また本を読む。

その時、グラウンドの方で砂埃が舞っているのを視界の隅に捉えながら。

なかなか進まない本に少しの苛立ちが込み上げてきた。

こんな状況じゃあ読み進めるのは無理だなと思い、本を閉じた。

残り2分と微妙な時間が残ったホームルーム。

明るい教室とは裏腹に、外で散り、踊り、舞い上がる桜は人が居ないからか寂しく見えた。

そんな考えも、チャイムの音と共に消えて行ってしまった。
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