小さな愛の形
何も無いまま、一学期は終わってしまった。

本当に全く何も無かったわけではないが、そこまで細部を語る必要は無いだろう。

重要なのは、この後であるはずなのだから。

一学期の終わりには、何だかみんなの顔は晴れ晴れとしたものだった。

長期期間の休みを待ち遠しいのだろう。

当の僕は、それ程までに夏休みを楽しみにしてはいない。

休みが長い分、宿題や提出物も山積みだ。

計画性がない僕にとっては、痛手としか言えないほど痛い。

できるだけ、早く終わらせる事を心掛けてやるものだから、最後の方は暇で暇で仕方がない。

部活もやっていない僕は、何もする事がない夏休みは暇以外何でもない。

そんなこんなで暇な夏休みを過ごす事になった。



暑い日が何日も続いた。

蝉が五月蝿く、青い空はそれだけで暑さを感じさせた。

棒アイスを片手に、僕は歩いていた。

何もする事がなく、暇を持て余していたところ、母親におつかいを頼まれたのだ。

買い物をすべて終え、無駄に暑い帰り道を歩いていた。

大きな木々が道路に沿って立ち並ぶこの帰り道。

そこは大きな影ができており、なかなか快適だった。

勿論、クーラーに勝つほどの快適さはないが。

無いよりあった方が全然いい。

上を見上げると、葉の間から日の光が見える。

葉が揺れると、同じ様に光も揺れた。

その爽やかな光景は、夏でしか見られない光景だと、僕は思った。

しかし、木々が立ち並ぶという事は、勿論あいつらも、わんさかと居るという事だ。

説明しなくとも分かると思うが、言っておこう。

『蝉』だ。

さっきから、僕の声なんて誰にも聞こえないんじゃないか、という程の大音量で何十匹も鳴いている。

五月蝿すぎて適わない。

僕は耳を塞ぎながら、少しだけ速く歩いた。

もう少しで、立ち並ぶ木々が終わりを迎えるという所で、僕は足を止めた。

五月蝿いのが嫌で、少し速く歩いたはずの僕が何故ここまで来て足を止めたのか。

それは、前にいる一人の女の子だ。

いや、女の子といっても僕と同じくらいの歳だと思うが、白いワンピースに身を包んだ彼女は、ただただ上を見ていた。

余りに長く見続けていたのか、彼女は僕に気がついた。

慌てて、目をそらす。

何事もなかったかの様に通り過ぎようとした。

しかし、そんな僕を彼女は呼んだ。

「あの!」

その声は、まるで人魚の歌声を思わす様な透き通った声だった。

きっと、大袈裟だと言われるのだろう。

しかし彼女の声は誰が聞いても、美しいと答えるだろう。

そんな声だった。僕は慌てて顔を上げる。

彼女は少し笑って、「道に迷ってしまって、◯◯学校へ行きたいんです。」と言ってきた。

その学校は、僕の通っている学校だった。

それを聞いた僕は、少し驚いた。

「それなら、方向が全く逆だよ。」と笑った。

彼女は驚いた顔をした。

地図は持っていたようだったが、どうやら全く読めないらしい。

最近越してきたばかりで、この街の事は全く知らないようだ。

「それにしても、逆方向に行くとはね。」

「恥ずかしい限りです。」

道中にそんな話もした。

道を間違えた話をすると、決まって彼女は顔を赤くした。

その顔がなんだか、可愛らしかった。
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