小さな愛の形
彼女を駅まで送り、僕は家に急いで帰った。

玄関を開けると、仁王立ちする母の姿。

いや、迫力があるなんてもんじゃない。

下手したら、殺気すらあると言わんばかりの、恐ろした。

その後で、父が何故か笑顔で僕を見る。

父と目が合うと、父は親指を立てて、僕の方に向けてきた。

見事なグーサイン。助けてくれる気はサラサラないらしい。

僕はもう一度、母の方を見る。後ろに火が見える。

お怒りはまだ冷めないようだ。

「あんた…今、何時だと思ってんの?」

母の顔は、まるで人ではないかのように、恐ろしく見えた。

「えっ…と、8時30分。」

その言葉に母の顔は更に恐ろしくなり、後ろの火は炎えと変わった。

そして僕は、しっかり手を洗ったあと、座敷の上で正座させられ、説教を受けることになった。

夕飯ぐらいで、大袈裟な。と思うかもしれない。

しかし母にとって、夕飯は一番力を入れる所なのだ。

母は高校で家政科を卒業し、父と結婚した後は専業主婦として、家計のやりくりをしていた。

そんな母はどんな時でも、夕飯を力を込めて作った。

それはさながら、プロの料理屋レベルで。

母にとって、夕飯を手抜きにする事は、一日中酸素を吸わないのと同じ事だそうだ。

僕は正直、そのこだわりは分からない。

別に、美味しい物が食べられればなんでもいい。
と子供の頃母にそんな事を言ったことがある。

母は激怒と共に、大泣きした。

それ以来、僕は母の作る夕飯には口を出す事はなくなった。

まぁ、美味しいので出す口もないのだけれど…

しかしここまで怒られるとは、流石に思ってもみなかった。

最終的には、父がなだめてくれた。

助けてくれるんだ。という驚きが強かった。

父は助ける気はないと思っていたので母の怒りが冷めるのをひたすら待っていた。

その時に、この幸運。今だけ、父が神様のように見えた。
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