小さな愛の形
「皆さん。よろしくお願いします。」

深々と頭を下げ、長い髪が床に付きそうだった。

前に立っている彼女を見た時、僕はそう思った。

勿論驚きだってある。

しかし、どういう訳か顔に出ない。

もっと顔に出しなよ、もっと笑えばいい、楽しいの?

そんな言葉、今までどれほど聞いてきたと思っているんだ。

僕は席へと歩いてくる彼女を見た。

その瞬間、多くの視線が彼女に集まっている事に気付いた。

その眼差しは、『転校生』というだけでは説明がつかないほど。

男子の多くは、頬を赤くし珍しいものを見る目だった。

女子はそんな男子を見て、最低という目をしている。

女子と男子の目の温度差は今まで見たことが無いほどだった。

僕はもう一度彼女を見る。

夏休み、大きな木々が立ち並ぶあの道で出会った彼女。

あの時は白のワンピースだった事もあり、幼く見えたが制服姿は、女子高生そのものだった。

彼女も僕に気がついたようで、今まで見せていた笑顔とは一段違う異様な明るい笑顔で、挨拶してきた。

「あれ?夏休みの道案内さん!まさか同じクラスだったんですね、驚きです。」と言ってきた。

僕は、道案内さんだったのか。

そんな事より、どうして僕がこの学校の生徒だと思ったのだろう。

彼女に僕がこの学校の生徒だと話した覚えはない。

「なぜ僕がここの生徒だと?」

「ん?同じぐらいの歳だったし、学校へ行くにも地図見なかったでしょ。
そんなに行き慣れてるなら、生徒って考えるのが普通じゃない?」

なるほど、と言うしかなかった。

僕達の学校の周りは、田畑ばかりで僕達は学校くらいしかこの場所に来ることが無い。

しかし、探偵並みの鋭さだなと感心していた。

そんな時、開けたままの窓からまたもや生温い風が入ってきた。

不快に思いつつも、彼女の髪が風に揺れる姿は、悪いものではないと思った。
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