アウト・サイド
彼の死を告げる電子音が室内に響き渡ると、先ほど廊下で話していた家族と医者が慌てて入ってきた。
医者達が蘇生を試みるが、彼の魂が戻ることはないと私は知っている。
母親が泣き叫んでいるのを、私はただ見ていた。
そこには哀れむような気持ちや、同情するような気持ちなどは一切ない。
しばらくして、彼の体から霊体が出てきた。
横たわる抜け殼と同じく、見た目は変わらない。病院の青い服を着て、驚いた様子で蘇生されている自分を見ている。
「母さん!母さん!」
必死に母親に声を掛けている姿を黙って見ていた私だか、15時04分に彼の死が告げられたのを皮切りに、静かに口を開いた。
「雨宮晴斗さんですね」
急に声を掛けられた雨宮は、驚いてこちらを見た。
動揺しているライトブラウンの瞳が、私の姿を捉える。くるくるの癖毛の茶髪に、子犬のように可愛らしい顔をしている。
「あ、え…?あんたは?」
「私はーー」
「ま、まさか死神!?やっぱり俺、死んだの!?」
私の言葉を遮って、雨宮は思いっきり狼狽えていた。
「はい。あなたは死にました。あなたには、"帰還"する義務があります。私はその案内人です」
私は表情を変えずに淡々と告げた。
死した魂が死を受け入れるまでには、多少の時間が掛かるものだ。
だが、大抵の魂は肉体から出ると物分かりが良くなる。
元々居た場所を感覚的に思い出すのだろう。
「帰還…? 義務って。これは夢? 俺、本当に死んだ?」
泣いている家族を眺めながら、雨宮は絶望的な表情を浮かべている。
私は彼が落ち着くのを、しばらくじっと待っていた。
家族に話しかけたり、自分の遺体に戻ろうとしたり、病室の壁をすり抜けたり、空を浮遊したり。
病院の屋上で、空を飛ぶ雨宮の様子を見て、私は切り出した。
「雨宮晴斗さん。あなたは自分の死を認めますか?」
私の声で、私の存在を思い出した雨宮は、改めて空の上に座り直した。
「あ、はい。マジで死んだんですね。俺」
「では、今後の説明をするので一旦降りてきてもらえますか?」
雨宮が素直に屋上まで降りてくる様子を眺めながら、私はもう次の仕事事を頭の中で高速で考えていた。
「今後の説明って、死神って鎌持ってこう、有無を言わせず魂取っていくイメージあったけど、違うのね。スーツなんか着ちゃってるし」
地面に降り立つと、先ほどの絶望的な表情は何処へ行ったのか、雨宮は調子のいい笑顔を浮かべて言った。