アウト・サイド
この日は、他の2件の仕事も割とスムーズに進んだ。
オフィスに戻ると、アラタがまた老人に付きまとわれたらしく、不機嫌そうにしている。
「お帰りなさい、ユキさん」
研修を終えたレイが、私のディスクにコーヒーを淹れてくれた。
私たち番人は、味覚がない。排泄などの循環をしないので、基本的に食べなくても生きていけるのだが、何故かコーヒーだけは美味しく飲めるので大好物だった。
「ありがとう」
お礼を言うと、レイは落ち着いた笑みを浮かべる。
コーヒーを一口に含むと、芳しい香りが口の中に広がった。
「今期の研修生はどう?」
カップを置いて、私は明日の資料を確認しながらレイに聞いた。
「はい。特に問題はありません。皆仕事覚えもよく、しっかりしています。ただーー」
少し声のトーンの落ちたレイの言葉に、私は資料に落としていた視線をあげる。
「ただ?」
「心配な子が、一人だけ」
「心配、っていうと?」
レイはとても言いにくそうだった。
「レイ?」
私は次の言葉を促した。
レイは躊躇いながらも続けた。
「その子の雰囲気が、なんとなくハルさんに似ているんです…」
恐らく、また私の瞳に動揺の色が浮かんだ。
レイの申し訳なさそうな表情で分かる。
私は冷静を保ちながら言った。
「そう。ーーよく気に掛けて上げて」
そうして、また手元の資料に目をやる。
レイは何も言わずに、一礼して自分のデスクへ戻っていった。
資料の文字が、全く頭の中に入ってこない。
あれから何十年も経っているというのに、私は何をしているんだろう。
動揺を仲間に悟られないように、私は一人静かにオフィスを出ていった。