アウト・サイド
「あの、ユキさん」
街を歩いていると、ふいに声を掛けられた。
振り返ると、そこには50代くらいの膨よかな女性が立っていた。
彼女は、2年の闘病生活の上亡くなったヨウコさんだ。
命日より、40日ほど経過している。
「しばらくこの世に止まって、やっと踏ん切りが付きました。愛する家族を残していくのは、やっぱり心残りだけれど」
「ご帰還されますか?」
私の問いに、ヨウコさんは何もかも受け入れたような微笑みを浮かべた。
その表情から、静かな覚悟が読み取れた。
「お願い致します」
ゆっくりと一礼し、ヨウコさんが顔を上げると同時に、彼女の霊体は青白い星屑のような光に変化した。
私が両手で光となった"彼女"を受け取ると、夜の空から光の螺旋が降りて来た。
小さな星屑が集まったような、美しい螺旋。
私の仕事は、彼女をその元の場所に戻すだけ。
彼女の光を巻き込むと、螺旋は跡形もなく消えていった。
私は、しばらく螺旋が消えた空を仰いでいた。
明るい街の上に、星は殆ど見えない。
「お見事ですね」
どこからともなく、ねっとりと低く怪しげな男の声が響いた。
すると、目の前に黒いローブに身を包んだ巨大な男が立っていた。悠に二メートルはありそうだ。
フード深くかぶっているため、顔は見えない。
私は直ぐに"狩人"だと分かり、咄嗟に後ずさりした。
「あなたが螺旋に返すまで、私は魂の存在を知りませんでした。よく出来ていますね。この世界の仕組みは…」
「なぜ、私の姿が見えるのですか…?」
「さあ。この辺りで大きな孤独の香りがしたので…だが、残念。番人でしたか。番人は"彼"の保護下にある。彼の部下には手を出さない約束でね…」
狩人がズルズルと音を立てて近づいてくる。
言いようのない恐怖で、私の足は根を張ったように動かなかった。
狩人は私の首を冷たいザラザラした手で掴むと、長い蛇のような舌を出して私の頬をベロリと舐めた。
気持ちの悪い感触。自分の呼吸がどんどん浅くなっていくのを感じる。
「手を出さないというのは、喰わなければいいということではありませんよ」
背後で聞き覚えのあるしゃがれ声がした。その瞬間、狩人の手が私の首から離れた。
私はその場に崩れ落ち、恐怖で身体が震えるのを感じた。
こんな恐怖は初めてだ。
私をかばうように、カルラが目の前に姿を現した。
「これは失礼。この子からあまりにも美味しそうな香りがしたものでね…」
狩人はジロリとカルラを舐めるように見つめる。
下から狩人を見上げると、黄色い目と、緑の皮膚がフードの隙間から垣間見れた。
「まあ、あなたの闇ほどには、敵いませんが」
「……去りなさい」
カルラが静かに言い放つと、狩人はニヤッとして姿を消した。