イジワル社長は溺愛旦那様!?

(なに……?)


夕妃はぼんやりと顔をあげる。

自分の事情に巻き込むのも嫌で、そして振られたら傷つくから、最初から恋をしないなんて、あまりにもバカな言い訳だと思う。

だから本当は泣きたいくらい落ち込んでいたのだが、こんな言い訳を口にしなくていいなんて、初めて今の自分の状況に安堵したというのに。

怪訝そうに首をかしげる夕妃を見て、神尾はにっこりと笑って目を細める。


「あきらめませんから」


(え……?)


なにを言われたかわからなかった。
だからただぼーっと、目の前の神尾の顔を見つめ返していた。

すると神尾は、夕妃の手の上に自分の手のひらを重ねてぎゅっと握りしめる。


「あなたが憂いなく俺のものになりたくなるように、努力しますので」


(ど……努力!?)


まさか【努力する】と言われると思わなかった夕妃は、目をまん丸にし呆気に取られる。


「そういうの、得意なんですよ」


(そうですか……確かにそんな感じします……)


そして神尾は眼鏡のフレームを指で押し上げると、そのまま夕妃の額にキスをする。


「おやすみなさい。よく体を拭いて寝てくださいね」


(キッ、キス……!)


それはまるで親が子供にするようなお休みのキスなのだけれど、それまでの陰鬱とした気分がショックで吹っ飛んでしまった。

そのくらい神尾の発言は衝撃だった。


(嘘でしょ……?)


パタン、と閉まるドアを、夕妃はいつまでも見つめていた――。




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